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キリング・ミー・ソフトリー【小説】 03_あの娘は「」が好き


毎朝、鏡を見ても変わらない。
母親譲りの一重に、父親譲りの垂れ目を覆う黒縁眼鏡、癖っ毛。
他には特徴がなく、我ながら本当に退屈且つ平均的な男子高校生だと思う。
どうしても知成と比べられがちな為、いつしかどこぞのバンドマンよろしく長い前髪で顔を隠す術を覚えた。


生まれてこのかた恋とは無縁。
しかし、ひとたびライブハウスへ遊びに行けば異性の友人もいる。
電車で約1時間離れた会場の前、近隣に住む同い年のフォロワー〈きのピ〉と落ち合う。
やや薄めな面持ちにボブヘアのイメージがあったが、受験から解放され髪を金色に染め、ピアスまみれになっており、戸惑いつつ挨拶すると明るく返してきた。
「アキ!お疲れー!」
「なんか安心したわ。会わないうちに中身まで尖ってたらヤバい。」
「失礼だな、これかわいいでしょ。」



彼女は高校らしからぬ勢いでアルバイトをし、県内のみならず全国どこへでも軽率に出向く猛者だ。
頻繁にライブハウスで見かけ、どちらともなく話しかけた結果SNSにて結びつく。
互いにインターネット上で晒すそれが全てで、本名は知らない。
きのピは兄と弟に挟まれ、自身も男勝りな性格。一番仲の良い女の子なのに、微塵も怪しい雰囲気にはならなかった。


通常、メッセージの類いは途絶えてしまう。
またねと綺麗に終わる方が珍しい。
だがLRさんとの会話は止め処なく、俗に言う仮免試験を突破し、路上教習へ進む時期には彼女の連絡が完全に生活の一部に溶け込み、古くからの友人に似た感覚へ陥っていた。



『アキくんって聞いてる音楽のジャンル幅広くてシブいよね。すっごい昔のバンド知ってる』『いやそんなことないよ、兄ちゃんが10コ上なだけ』『そーなんだ』『兄ちゃんも東京に住んでるよ』『え!じゃあ、こっち来てくれたりしない?アキくんに会いたい』


会いたい
たった4文字で心臓が早鐘を打つ。
他愛ない一言、いかにも社交辞令だろう、ライブが趣味な人間はやたらフォロワーに会いたがる、どうせ誰彼構わず誘うのだ、一旦待て、浮かれるな、免疫をつけろ。



「あー!」
夜の11時、魂がこもるシャウトを添えベッドにダイブ。布団の波を泳いでも前には進めない。
暫く溺れた後、喧しいとやんわり父に注意され、頭が冷えた。
『まあ、たまに関東の夏フェス兄ちゃんと行ってるんで被ったら』
平静を装って受け流す。
LRさんの目的は別として、いくら未成年といっても簡単に掌で転がったりはしない、下心がある馬の骨と一緒くたにされてたまるか。


『てか落選祭りだったから言いにくかったけど私△△のラストツアー当たったんだよね。凱旋公演、アキくんの地元だよ
その追伸で、何もかも木っ端微塵に砕かれた。




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