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キリング・ミー・ソフトリー【小説】82_気付きなベイビー


舞台裏で見守っていた淳の知り合い達から絶賛されるも、やはり他のバンドとの経験値の違いをしっかり味わう。
だが、これといった問題もなく初舞台は成功を収め、打ち上げがてらラーメンでも食べて帰ろうぜというところ、ライブハウスの前で1人佇むめいに出会った。


こちらを一瞥もせず真っ先に淳の元へ駆け寄っていく。
「淳くん、お疲れ!」
「あ、めい。ずっと待ってたの?時間かけて来てくれてホントにありがとう。」
「ううん。もうね、すっっっごいカッコ良かった。」
淳はめいに対しては比較的優しい。


未だにこのような調子で交際には至らないだらし無さに呆れ果てた。
大体、頼むから彼女を狙う南の側でイチャイチャするのはやめろと口走りそうになる一方、南は本日巡り合ったばかりの異性にターゲットを変えたらしく何やらスマートフォンで通話をしており、どこ吹く風だった。


「飯行くけどめいも一緒にどう?終電マズいか。」
「えっ!私も着いてっていいの?」
「ここ3人で楽しみな、俺はカオちゃんと合流予定だわ。」
淳にしてみれば一応は南の背中を押すべくめいを誘ったつもりがとんでもなかった、あの感動的なステージは夢幻と化す。
世にも容易く裏切られて焦りを感じる。
「てか、明日1限からだしさっさと帰んなきゃ母さんに怒られるかも。」
無理矢理な言い訳を捏ね、逃げ失せた。
頑張れ、めいちゃん。


全速力で走ってそのまま電車に乗り込み、逸る気持ちと鼓動を抑えつつメッセージアプリを開き、ライブについて事細かく文章を綴る。
莉里さんは即座に食い付き、観てみたいなどと社交辞令だろうがときめく返事を与えた。
わざわざ地方へ足を運ぶ筈もないのは分かっているからこそ心の距離を縮める。


『ライブ前にカラオケ行かない?バンド縛り』『やる!絶対サイコーなヤツ!アキくんが今日歌ったのも聴かせて』
案外すんなり許されて拍子抜けした。
甘い雰囲気にはならなくとも、クリスマス付近に2人きりの時間を作れるだけで充分だ。



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