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人間国宝とフランス国家最高職人章に思いを馳せて@淡路島 フランスの週刊フードニュース 2022.08.25

今週のひとこと

この夏、10日ほど前より、日本に一時帰国しました。日本はコロナ禍が止みませんが、ノンストップで活動しています。病弱な両親もいますし、フランスから持ってきた抗体検査キットで常時検査をしながら。自由に行き来をし、人と人との距離を自身で決められた以前の世の中と比べると、日常生活に制限が生じており、厳しさを感じざるを得ない今日この頃です。

フランスではすでにマスク着用は義務ではなく、地下鉄などの閉ざされた空間以外は、マスクをしていない人がほとんどで、ビュッフェを目の前にしたイベントや食の見本市なども復活。躊躇することもありますが、改めてハグなどによるスキンシップをありがたく感じています。

分断社会の危険について、論じられる今日この頃。確かに、オンライン化されている我々が、アルゴリズムによって選択される情報にのみ頼っている日常を送ることによって生じる「デイリー・ミー」が、分断を深めていることも感じます。コミュニケーションの生産性を忘れ、スマートフォンとの交信こそが安全で、確かな世界とせざるを得ない状況を生み出している現代社会には、新たな突破口が必要かとも思います。

たとえば、卑近な例ですけれど、スイーツが好きで常に甘いものを買う、探していることを繰り返しているユーザーに、次々に同じような情報が届くのは、依存症を煽るだけです。体の偏りは体が声を上げてくれますが、心の偏りに気づくサインは、他者との比較にしかありませんし、様々な意見を受け入れるまでには時間がかかります。また自身の経験則と他者の経験則を偏ることなく客観的に眺めていくのにも時間がかかる。お医者ではなくとも、たくさんの臨床例、つまり、様々な事例を仔細に検証して、問題を解決していく力がより一層求められていますが、そうしたことを予測した、オンライン上のシステムは、できているのかなとも。知っていらっしゃる方がいらしたら、是非に教えていただきたいです。


さて、淡路島に行ってまいりました。たくさんの出会いと経験をさせていただいたのですが、その一つに、鮮魚仲買人をされているいわの水産の岩野司さんに、由良港をご案内していただいた経験も格別でした。45歳の岩野さんは3代目。娘さんも事業を継いでいらっしゃり、消費者へ直接にお届けする外食の仕事などに今は携わっていらっしゃるそうです。

美しいハモ、太刀魚、イシダイ、カレイ、タコ、イカ、エビ、、。次々に陸揚げされたものが、運ばれてきます。生きていればですが、ピチピチとはねて、活きが良い。しかし、岩野さんの目を通せば当然、そうではなかったのです。

例えば、カレイ。陸揚げされたばかりのその白い腹は、人間で言えば、うっ血した皮膚のように、毛細血管が浮き出て黒ずんでいました。それを岩野さんは海水を入れた水槽に入れ、海で生活したままの状態に戻すという工程を必ず取る。そうして1週間寝かせたカレイも見せていただいたのですが、表面は、まるでじゅんさいのようなぬめりを持っていて、腹からはうっ血もとれ、白く輝いていました。手をかけ寝かせるということの大切さを目前にしたわけですが、こうした仕事が、経験と勘を積み上げた、職人芸でもあると。

フランスには1924年から続くMOF(フランス国家最高職人章)という称号があります。専門的な分野でフランスの技術を習得していることを認証するという称号です。COET-MOFという非営利団体が組織し、それぞれの職人仕事の価値を高めつつ、その普及を使命として始まりました。才能を開花させたいと願うプロと仕事において成功を導きたいと願う国家の思いが結実した、絶対的なシステムではないかと思います。

MOFにはさまざまな職人仕事が評価されています。日本の方もご存知であろう料理人やソムリエ、菓子職人。さらに、魚、精肉を扱う職業、指物師、モザイク職人、石工師、織物、家具職人、籠編み、樽製造工、溶接工、、ありとあらゆる職業が名を連ね、合計で140にも上ります。またチーズ熟成士とショコラティエは比較的新しく登録された職業で、フランスを支える文化として、幅広く認知されることによって、あるいは、その職業の奥行きが深まるとともに、基準が設けられるほどにまで洗練されたからこそ、称号が許されるという判断で、加えられました。

チーズのMOFが20年ほど前に初めて登録を許されたとき、チーズの熟成士の巨匠とも言えるローラン・バルテルミーさんが、奔走されていたのを思い出しました。彼は、チーズ熟成士の国際職人組合の会長としても務めてきた方で、若い人たちの育成を熱心に勧めてきた方の一人でした。

職人芸というものは、それぞれの方法があって、一概にどの方法が正しいとは言えないこともありますが、試験では歴史や地理的な正しい知識、面接による認識度、さらには実践で現代への対応を問うことで、正しい礎の習得を促す。

このMOFと、1995年に制定された日本の人間国宝(重要無形文化財の保持者または保持団体が認定される)を重ねて語ることもありますが、あり方はまったく異なります。MOFは自身の意欲によって評価され、誰でも参加できる。人間国宝は国から指定されるものです。また、日本政府が人間国宝に支給する助成金は一人当たりで年間200万円と定められているため、与えられる人数は予算から限られてしまう。

もちろん人間国宝というあり方も必要であり、素晴らしいですが、フランスの若い力を巻き込みながら教育をし文化を継承していく確実なるシステムに、フランスの国力が培われる奥深さを見せつけられる思いです。

魚を知り抜いて27年。岩野さんの経験と知識の豊かさと儚さに、思いを馳せています。

今週のトピックスは今週のひとことの後に掲載しています。夏休みに入り、掲載ペースが滞っておりますことお許しください。政治から現場まで、フランスの食に関わる人々の動向から、近未来を眺めることができると、常に感じています。食を通した次の時代を考える方々へ、毎週フランスの食事情に触れることのできるトピックスを選んで掲載しています。どうぞご参考にされてください。【A】新カテゴリー「Vière」について。【B】フランスでの新しいビジネス、日本風チーズケーキ専門店。【C】ミュージシャン並み、本物のユーチューバースター登場。【D】l’Hôtel de Parisの料理長Franck Cerutti引退。

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