自分を大切にする方法
当たり前のように自己犠牲を自らに強いる。
人様に迷惑をかけてはいけない
自分さえ我慢すれば
人として正しい行いをしなければ
そんな呪いに蝕まれ、とても苦しい思いをしている人は、居ないだろうか。
これは、私自身がまさにそう呪われていた、という話になる。
もう、1年以上前になるが、自分が消えてしまいそうな精神的な苦しみの中で、ヒプノセラピーを受けてみたときに、自分自身のハイヤーセルフから、
「自分をもっと大切にしてくださいね」
と言われた。
自分を大切にすること
それがどんなことなのか、当時私にはちっとも分からなかった。
欲しい物を、金額を気にせずに自らに与えることだろうか?
食べたいものを、金額を気にせずに自らに与えることだろうか?
それまで我慢していたことを、色々とやってみた。
好きなときに好きなところに出かけ、
好きなものを好きなときに食べて、
セールでもないお高い服を買って着た。
そして、好きなときに起きて好きなときに眠った。
これが、自分を大切にすることだと思ってみたけれど、平日の昼間にソファの上に寝転がって、私は自分のことを、ちくちくとダメ出ししていたのだ。
その時の私は、ちっとも自分を大切にしている実感がなかった。
ふと、その頃書いた自分のブログを見返していて、思った。
今の私には、その頃強烈に感じた
自分を大切にするってどうすればいいんだろう
という切ない思いが消えているいうことに。
この頃わからなかった、一体何が私に起きているんだろう。
そう思ったときに、しっくりくる思いが浮かんだ。
自分を大切にするということは、自分に何かを与えることではなかったのだ。
ということに。
というのも、現在の私は、面白いことをして昼寝して食べて寝るだけの自分を責めるのを、すっかりやめて居るということに気づいた。
つまり、その当時の私は、そんな自分自身をほんのりと無自覚に責めていたということ。
自分を大切にするというのは、自分に贅沢をさせることでもなかったし、なんでも買い与えることでもなかった。
むしろ、与えないこと。
優秀でなければならないという価値観を与えないこと
何者かにならなければならないという強迫観念を与えないこと
他人や世間に評価されなければならないというルールを与えないこと
人様に迷惑をかけてはならないという呪いを与えないこと
自分自身に、余計なものを 与えないこと。
何かを足さなくていいということ。
自分ではない要素を被せてかぶせて、自分自身がどんどん見えなくなっていく。
まるで、モノがあふれて床が見えないゴミ屋敷みたいになってしまうこと。
そんな、本来の自分ではない、余計なものを取り除いて、スッキリと自分の中を整えることこそが、自分を大切にすることに他ならないこと。
掛け軸が1枚掛けてあり、花瓶に花が生けてあり、それ以外はなにもない。
そんな空間がとても心地がいいように。
自分自身の内側の空間を、スッキリと整えることこそが、自分を大切にすることである。
と、今なら自信を持って伝えることができる。
自分を大切にするということは、
ホコリだらけの床を磨くようなものだよと。
当時の私に優しく語りかけたい気持ちでいっぱいになった。
だから、伝えよう。
私と同じ思いを抱えた人に。
ほんの微かなヒントにでも、なればいいなという思いで。
そうやって、めぐりめぐったあと。
自分自身の心の中の塵を取り除いて、ピカピカに磨き上げて笑っている人がたくさんそこに居たら、それはとても素敵なことだと私が思うから。