見出し画像

比べる、ということ

人が不満を口にするときは、大抵が他人と自分を比べている。


「私よりあの人の方が気に入られている」
「私よりあの人の方が美人だ」
「あの人の方が私より成績がいい」


しかし。
実はただ、こうして比べているだけでは不満にはならない。

こういった場合、必ずオマケの言葉がくっついている。

「私よりあの人の方が気に入られているからズルい
「私よりあの人の方が美人だから腹が立つ
「私よりあの人の方が成績がいいから妬ましい


人と比べることを止めよう、
という人も居るが、人それぞれに個性が違う限り、比較をやめることは不可能だ。
大切なのは、その違いに○と✗をつけないことだ。


それに○や✗をつけたくなるのは、つけるその人自身の価値観の問題であり、

人に気に入られたい
美人でなければ価値がない
成績が悪いのは駄目なことだ

という、極めて極めて偏ったものの見方をしている、というだけなのだ。


だって。

そういう当の本人だって、趣味嗜好があるのだよ。

ついつい気に入ってしまう人も居るし、
好みの見た目だってあるし、
得意分野がある。


それをすべて批判していたら、それは自分自身の個性をまるごと否定していることと同じになる。


人には相性があるし、だからこそ面白い。
相性の合う人と素敵な交流ができれば嬉しいし、自分の好みの絵画や音楽を聴いて、心を震わす体験も素敵なことだ。

すべての人が、同じものを見聞きして同じように感じなければいけないなんて有り得ないし、面白くもなんともない。



自分の好きなように絵を描いた人と、その絵が好きだという人が居て、絵を描く人と絵を見る人が成立する。
そういう絵は描けない人が居て、そういう絵は好きではない人が居るから、また違うテイストの絵を描く人と、その絵を好きな人が成立する。


だから、おおいに人と自分を比べよう。
そして、その違いを面白がったらいい。

もしもこの世界が白一色だったら

自分とは違う色があるから、
この世界はとてもカラフルで美しい。


もしも白一色だったなら、
カラフルさという体験はできない。




もしも、人と自分をつい比べて苦しくなることがあるとするなら。


それは優劣ではないことを知ろう。
それを優劣と捉える心は、傲慢さで満ちあふれているということを知ろう。


桃色と緑色に、優劣はない。
ただ、並べて相性がよい色があるだけだ。


この記事が参加している募集

#最近の学び

181,685件