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ほしがり/(【短編小説】・【詩】)

※本短編小説および詩は、同じタイトル・同じテーマにて創作されています。両方無料で読めますので、お好きな方だけでも(お好きな方から)お読みいただけたら嬉しいです。

【短編小説】ほしがり


「……私たちはね、”ほしがり”なのだよ」

 暗い夜に、あなたの深い声が響きました。
 それと同時に、幼いわたしは両目をぱっちりとひらいて、夜の森のたった一つの焚火の前へ、すなわちあなたの前へと転がり出ていたのでした。

「……ええと」
「君は食べたくて出てきたんだろう? それを」

 あなたの言っていることがよく分からないまま、わたしはただ焚火とあなたを交互に見つめていました。
 目の前の焚火の傍では、柔らかそうな兎の肉が、火にあぶられてじゅうじゅうと焼かれていました。それを見た途端、反射的に、聞いたこともない大きな音で、自分のお腹が鳴り響きました。あなたが声を上げて笑います。
 食べたいんだろう? と。
 その問いに、違う、とは言えませんでした。だって、そう、わたしはとてもとてもお腹が空いていたのです。意識できないくらいその匂いに引き付けられて、見知らぬ人の前に飛び出してしまうくらいには。
 ー-森の中を、移動中の隊商(キャラバン)からはぐれたのは、およそ一日と少し前。キャラバンの中には父がいました。きっと探してくれていると思います。けれど、馬のひづめの音は、もうこの森のどこにも響いていないのでした。
 泣きながら一日さまよい歩いて、幼いわたしはもう限界だったのです。

「どうぞ、迷子のお嬢さん。私も随分久しぶりに狩をしたところでね。たまには、誰かと摂る食事も良いものだ。美味しく頂くとしよう」

 低いながらもどこか涼しい声色で、あなたは親しげにわたしに微笑みかけました。
 頭に色とりどりの布を巻いたあなたが異国からの旅人であることは、幼いながらにもすぐわかりました。どこかの国のバザーで、この色合いを見たことがあったからです。
 ですが、そんな思考は、目の前に兎肉の串が供された瞬間に、もう吹き飛んでいました。
 香ばしい匂いにたまらずかぶりつくと、口の中で油と肉の感触が弾け、咀嚼が止まらなくなりました。少し甘さも感じられる岩塩はこの辺りではとても貴重なものだったはずですが、幼いわたしは知る由もありません。ただ、飢えを満たし、身体が欲するままに、分け与えられた肉を無心に食べ尽くしました。
 あなたはわたしに水筒を放ると、幼いわたしの食事の様子を楽しそうに(けれどどこか寂しそうに、だったのかもしれません)、見守っていました。そして、食べ終わって水を飲み干し、一息ついた途端に急速な眠気に襲われたわたしを、背中からかかえるように軽く抱きしめたのでした。

「しばしおやすみ、迷子のお嬢さん」

 夜の間、あなたはずっとそうしてくれていました。あなたが人攫いでも人買いでもなかったことは、わたしのその後の人生にとって何よりの幸運となったのでした。
 そう、ーーあなたが”ほしがり”であったことが。

 目が覚めたのは、夜明けの少し前。最も暗い闇の中でした。
 あなたはわたしを布を敷いた草の上に寝かせ、焚火をそっと消したのです。その気配でわたしは目を覚ましたのでした。
 焚火は確かに消えていました。
 けれど、あたりは薄く明るく、ぼんやりと光っていたのです。わたしは寝起きの頭で、それを不思議に思いました。

「あれ……?」

 何度もあたりを見渡して、ようやく、あなた自身が発光しているのだと気づくまでに、随分とかかりました。
 あなたは、蛍を身の内に飼っているかのように、ぼんやりと明滅を繰り返しています。細身の旅装と色とりどりのターバンが、薄だいだいの光にその模様を透かして、なんて美しいのでしょう。
 わたしは、いつの間にか、あなたの外套の端をぎゅっと握りしめていました。

「本当は、起こさずに行くつもりだったのだが。……起きてしまったのだね」
「……ええと」
「仕方ない。……少し待ちなさい」

 あなたは不意にわたしを片腕で抱き上げました。そして突然、わたしには聞き取れない言語で何事かを呟いて、夜明け前の空に手を伸ばしたのです。
 その途端、ぐんと視界が歪みました。
 異国の言葉の響きがわたしの目と耳を狂わせたのか、ぐぅるりと世界が一周し、頬を強い風が抜けていきます。ぐらぐらと世界が揺れます。急速に移動しているような、あるいは大地が揺れ動くような、不思議な感覚に襲われます。
 ーー気づけば、天鵞絨(びろうど)の夜空が、すぐ傍にありました。頬に触れるほど、近くに。
 あなたは分厚いグローブを着けた手で、夜空を撫でました。すると、あなたの手の中に、夜の星座を彩る星たちがころりころりと落ちてきたのです。
 言葉も発せず驚くわたしを片手で抱きしめたまま、あなたは手をするりと降ろし、また何事かを呟きました。先ほどと同じような強い風が吹き荒れ、世界がぐぅるりと周りました。
 あなたが、すとんとわたしを地に降ろしたとき、そこは先ほどと変わらぬ焚火の跡がありました。夢ではない証拠に、あなたの手の中では、いくつかの星がぼんやりと光っていました。
 口もきけないままぽかんとし続けているわたしの前で、あなたは手の中の星をいくつか選り分けました。小さなものは地に放り捨て、いくつかは分厚い革の小袋に。
 そして、もっとも美しく青白い光を放つ、幼いわたしの小指の半分ほどの小さな星を一つ、摘まみ上げました。水筒を取り出し、それに微量の水をかけ、さらにふぅふぅと吹いてから、そっとわたしの手の中に握りこませてくれました。
 星を包んだわたしの拳が、ぼんやりと光りました。

「……星」

 手のひらを開くと、明滅する青白い星。ぽろりと取り落としてしまって、わたしはあわててそれを拾い上げました。光にうっとりして、いろんな角度から眺めていると、意外と熱いことに気が付いて、また取り落としてしまいました。それでも、美しさにつられてまた拾って、取り落として。
 それを見ていたあなたが苦笑して、貸しなさい、と言いました。わたしはあなたに星を戻しました。

「少しだけ我慢しなさい、お嬢さん」

 あなたの顔がすぅと、わたしに近づきました。
 凛々しく精悍な眉と、澄んだ瞳が間近に迫り、わたしは目をぱちぱちさせました。二つの眼の中、静けさの奥にほんの少し寂しそうな色が遠く光っていて、わたしはあなたの瞳を星のようだ、と思いました。

「あっ」

 耳朶に痛みと熱い感覚が走って、瞬間わたしは身を捩りました。あなたの手がわたしの肩をぐっと抑えるので、身体はびくりと跳ねても寸分も動けません。我慢しなさいと言われたから、わたしはぐっと痛みをこらえました。
 数秒で強い痛みと熱は波のように引き、あなたはわたしの肩から手を離しました。まだじんわりと疼痛は残っていますが、それ以上に驚きがわたしを満たしていました。

「……星!」

 わたしは、新たに地面に生まれた自分の影を指さしました。
 そう、わたしの耳朶を中心にぼんやりと、わたしも明滅をし始めたのです。あなたはわたしの耳朶に星を埋めてくれたのだと、さっきの痛みは星の光に貫かれたからだと、すぐにわかりました。
 あなたは、わたしが光るのを見て踊るように喜ぶのを、微笑んで見つめていました。

「ほら、これで夜道も一人で歩ける。……はぐれた親を探すのだろう?」

 気が付けば、夜明けがすぐそこまで来ていました。
 あなたは自分の荷物から、焼いた兎肉の残りのほか、水のたっぷり入った水筒、鹿の干し肉、ドライフルーツやナッツの袋まで、わたしに分けてくれました。わたしはそれらを、戸惑いながら受け取りました。

「……気を付けて行きなさい。幸運を。それと、町にたどり着けたら、その星を売るといい。少し痛いが、君が大きくなってしまう前なら外せるだろうから」

 あなたは異国の色をした外套を翻しました。ぼんやりと光るあなたが、夜明けの明るさにまぎれて、森の奥へと消えていこうとしています。
 わたしは、耳朶の星がずくんと疼くような痛みを、胸に感じました。息苦しさが迫る中、必死であなたの背中を追いかけました。

「待って!」
「すまない。私には仕事があってね」
「わたし、あなたといっしょに、行く!」
「……だめだよ」

 何か、理由を言わないといけないと思いました。親を探すのではなく、見ず知らずの大人と一緒にいるための理由が。
 咄嗟に思いついたことを、わたしは口にしていました。

「えっと、星! 星が、もっとほしいから!」
「おやおや。君は随分なほしがりだな」

 あなたは、どこか痛いように目を細めて笑いました。そのあと真顔に戻って、あなたは何かを考え込んでいました。
 しばらくして、意を決したのか、あなたは幼いわたしを抱き上げました。

「”ほしがり”なのは私の方だな。……いいよ、一緒に行こう」

 あなたの指が、星を埋めたばかりのわたしの耳朶をやさしく撫でました。星を埋めたばかりの耳朶はちくりと痛んだけれど、安堵とよろこびを得たばかりのわたしには、その痛みはどこかむず痒く、心地よくさえありました。
 夜明けの風に、異国の布がふわりと持ち上がって、あなたの伸びっぱなしの黒い髪と耳が不意にあらわになりました。あなたの耳朶には、わたしと同じように、ほの光る星が見えました。
 あなたの耳朶の星は透き通るルビーのように、真っ赤に輝いていました。

 ☆   ☆


 それから、わたしとあなたは、たくさんの国を旅しました。

 あなたはわたしのことを気にして、あえて多くの町や市場を回ってくれているのだと気づきました。けれど、キャラバンは見つからなかったし、父らしき人物を見かけることも、話を聞くこともありませんでした。
 わたしとあなたはおそらく、傍目には親子のように見えていたでしょう。あなたは異国の浅黒い肌に黒い瞳と髪。わたしは小麦色の肌に赤茶けた瞳と髪。肌も眼も髪も違うけれど、わたしはあちこちの民族の血が入っていたせいか、どこにも溶け込めるような顔をしていたことが幸いしました。

 星を狩るのは大切な仕事なのだよ、とあなたは教えてくれました。
 星は増えすぎると、夜空を焼いて昼にしてしまうのだそうです。だから、星狩りたちが時折、数を調節するのだと。その仕事を負う者は、その仕事を己の一族に受け継いでゆくけれども、この大陸には今おそらく、数えるほどしか星狩りしかいないのだと。
 わたしは旅路の間、あなたが星を狩る手伝いを始めました。
 星を狩るためにはほんのちょっと特別な魔法を使い、自分と星の距離を調節するのです。あとは、ぶ厚い革のグローブを使って(素手だと火傷します)地上に落とし、少し冷やしてから採取します。そのままだとほんのりとした輝きしかありませんが、磨くと宝石のようになるものもあって、それは街で高く売れるのだそうです。
 最初は、落とした星を拾う仕事ばかりでしたが、あなたと旅をして数年すると、あなたはわたしに魔法を教えてくれるようになりました。耳朶に埋めた星に意識を集中しながら、夜空への距離を縮める呪文を唱えるのです。なかなかコツがつかめず、習得までに実に数年を費やしました。日々、失敗しては落ち込むわたしに、あなたは根気強く付き合ってくれました。

 初めて夜空との距離を縮めて星に手が届いた日、必死さとうれしさのあまりに素手で星に触れて、大やけどをしてしまいました(今も左の手の甲と腕の内側に傷が残っています)。それをかばってくれたあなたにも軽く火傷をさせてしまいました。よく見れば、あなたの体にはあちこち火傷の跡があって、あなたもまたわたしと同じように、何度も星狩りに失敗してきたのだと知れました。
 あなたは、これは記念の星だな、と言って笑い、火傷の治ったわたしの腕の内側に埋めてくれました。
 身体に星を沈ませる時には、ほんの少しちくりとしますが、平気です。あなたは、大人になると外せなくなるから、わたしの身体が大人の徴を迎えるまでに星を取り出してしまったほうがよいと言いますが、わたしはほんのり夜に光る自分をとても気に入っているので、一生このままでもいいと思っています。

 わたしたちはいつも暗くない夜を歩き、朝に眠りました。普段は粗食で済ませてばかりの旅でしたが、互いの誕生日だけは取っておきの馳走を用意して、互いが生まれたことを心から祝いました。狩をして兎を捕らえて肉を焼き、市場で手に入れた上物のスパイスで仕上げるのが、わたしたちの小さな宴でした。乾酪に干し肉、そして果実酒。わたしたちの宴の焚火はいつも、わたしたち自身の明るさもあって、森を明るく照らすのでした。

 わたしもそのうちにうまく星が狩れるようになり、あなたと同じように仕事ができるようになりました。わたしたちは今や、血の絆よりも濃い何かになりつつありました。”ほしがり”という縁で結ばれた、大切な一族同士に。

 少なくとも、わたしはそう、思い込んでいました。

☆ ☆ ☆

 それは、わたしの身体が大人の徴を迎えた頃でした。
 路銀を得るための星を取ってくると言って、あなたはその日、一人で宿を出て行きました。そのままあなたは、何日も戻りませんでした。わたしが上手に星を狩れるようになった頃から、時折一人になることはありました。けれど、こんなに長いこと傍にいないのは初めてでした。
 その宿場町でわたしは、半月ほどあなたを待ちました。付近にも何度か探しに出かけました。けれど、あなたが帰ってくる気配はありませんでした。
 わたしは仕方なく、手元に預かっていたお金で、半月分の宿代を払いました。手元の財布はすっかり心もとなくなりました。あなたがもしここに帰ってきたら留まるように伝えてほしいと宿主に伝言をお願いして、やむなくわたしは一人で夜の森に入りました。
 いつも通り、あなたが教えてくれた魔法をかけ、夜空に近づき、そっと手を伸ばしました。星は、厚いグローブを着けたわたしの手の中に、ぽろりと落ちてきました。星座を崩さない程度に、か細い星からそっと落としては拾い、落としては拾い。
 夜空の星の傍から、あなたを見つけようと地上に目を凝らしましたが、あなたらしき星の光は、どこにも見つけられませんでした。

 地上に戻って、いつになくたくさん散らばった落ちた星の一つを拾い上げた時、不意にわたしは悟りました。
 ーーわたしは、随分な”ほしがり”なのだ、と。
 親子でも、年の離れた兄妹でも、ましてや恋人でもなく。けれど、そのどんな関係性よりも確かな二人だったのだと。どんな言葉でも上手く言い表せないけれども、わたしにとってあなたは、かけがえのない唯一無二の星だったのだと。
 わたしの魂はあなたを追いかけ、ほしがりつづけているのだと。
 強烈な想いが、一人きりになったわたしを突き上げました。ずくん、と星を埋めた時のような疼痛が、胸を締め付けていました。星を拾ってしまうと、手近な樹に上って、一人で星を磨きました。ぼんやりとほの白く光る星たちは、明日の市場できっと高く売れるでしょう。気づけば、いつもよりもずいぶんたくさん星を採っていたことに気づきました。
 わたしは、幼い頃からいつも夜にぼんやりと光る、自分の耳朶を撫でてみました。そして、あなたが記念の星を埋めてくれた手首を。
 夜の中、わたしはふんわりと、星のように光っています。遠くからなら、大木の梢がやさしく光っているように見えるでしょう。
 あなたが今、夜の森を渡っているのなら。ーーあなたからは、もしかしたらわたしが見えているでしょうか。わたしからあなたが見つけられないとしても。
 そうだといいな、と思いながら、わたしは大きな樹に持たれて眼を閉じました。

☆ ☆ ☆ ☆

 それから、わたしは一人で、長い旅をしました。

 星狩りはもうわたししか残っていないのではないかと思うほど、毎夜夜空には星が満ちていました。あなたが星を狩っていないのだろうということも、同時に、嫌というほどわかりました。
 わたしは日々、路銀よりも多く星を狩り、落とし、あなたがまだ生きているならわたしへの道標として見つけてくれたらと思い、歩く森の道に点々と、星を放り続けました。

 あなたが生まれたであろう熱と砂の国にも、足を延ばしました。
 あなたの故郷でも、あなたの消息は得られませんでした。けれど、あなたの生まれた国は星がひときわ美しかったので、お守り代わりに、わたしは南の空のひときわ赤い星を、自身のくるぶしにそっと埋めたのでした。

 時折、最初に別れた宿場町に戻ってみましたが、やはりあなたの消息を得られることはありませんでした。
 わたしはあなたを探し続けました。
 旅は緩慢で、長く、わたしはいつしか生きることに飽きはじめていました。そんな時には、気に入った星を身に埋めました。星が体に沈み込むときの、ずくん、と熱のある疼痛。それだけが、わたしにはまだ果たさなければならない仕事があるのだと、教えてくれるような気がして。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「これとこれは、要らないよ」
「え」

 一人で星狩りの旅を続けていたある日、とある街の宝石細工の職人を訪ねて星を売ろうとしたところ、職人からいくつかを拒否されたのです。
 慌てて理由を尋ねると、職人が眉をひそめました。

「お前さんたちみたいな流れ者から買っている石がな、赤くなると、急に飛び散るように割れちまうんだと。最近になってな、苦情が立て続けに来てるんだよ。これじゃ加工もできねぇ。うちでは青いのと白いのだけは買うが、そっちの赤いのやつや、オレンジのはもういらねぇよ」
「……わかった。とりあえず、白3つと青4つで、いくらになる?」

 物理的に商談だけを続けながら、わたしの頭は真っ白になっていました。星が、飛び散る? 割れる? 
 代金を受け取り、職人のアトリエを出たところで、はたと気が付きました。これまで長く星と共に生きてきたのに、なんでそんな簡単なことを考えつかなかったのでしょう。
 そして、不意に思い出したのです。ーー最初に出会った日に見た、あなたの耳朶の星の色が、真っ赤なルビーのようだったことを。

「ああ、そうか」

 あなたは、最後まで教えてくれませんでした。わたしに伝えるつもりがあったかどうかはわかりませんが、あなたは知っていたのでしょう。星と生涯を共にすることを決めていたあなたは、きっと。

 ー-星にも、寿命があるのだ。

 大人になる前に星を身体から外せ。
 あなたが時折そう言っていたのを思い出して、わたしは自分の考えが正しいことを確信しました。すっかり大人になってしまった今は、星は肉や骨にしっかりと埋まり、この身と溶け合って一体となり、取り出すのが難しくなり果てています。もう、星と共に朽ちるしか道はなさそうです。
 わたしは、耳朶の星を撫でてみました。耳朶の星はどくん、どくんと脈打ち、熱を持っていました。最近は、前よりも赤みを帯びて光っているように思います。
 この星が命を終えるのはいつでしょう。
 わたしの身体に埋まった星はこれだけではありません。鎖骨、手首、臍の下、足の付け根、膝の裏、くるぶしーー。
 多少の不自由が残ってでも無理して星を外そうか、とよぎった考えに、わたしは無意識のうちに首を横に振っていました。

(このまま、ーーほしがりのままが、いい)

 全てを捨ててしまうのではなくて、あなたがくれた星を身の内に抱いたまま、最期まで生きようと。考えるよりも早く、わたしは自分の答えに気づいていました。
 わたしはもう一度、自分の相棒のような耳朶の星を撫でました。星は応えるように、ずくん、と熱く脈打ちました。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 星に寿命があると知ったその日から、わたしは、極力森の中だけで暮らすようにしています。
 森の奥に小屋を構え、獣を追い、果物を採っては干し、僅かな土地に少しばかりの野菜を育てました。明かりはいりませんし、温まるために熱い星をとって工夫する方法も編み出したので、燃料もほとんどいりません。時折、必需品だけを求めに磨いた青い星を選りすぐって街に向かうだけのつつましい暮らしです。
 夜になると、あなたのことを毎晩考えます。
 わたしに出会うまであなたはどんなふうに暮らしていたのか、ほとんど聞いたこともありませんでした。命の終わりを悟っていたあなたは、幼いわたしを見て何を思ったのでしょう。自分の運命を最後まで告げることのなかったあなたは、孤独だったのではないでしょうか。わたしはその支えくらいには、なれていたのでしょうか。
 答えのない問いを、夜の間に何度も繰り返します。ーーけれど何故か、心は凪のように、いつでも静かなのです。

(もう何もいらない。ほしがらない、よ。ーー死ぬまで)

 星と共に生きる、先の見えない命。あなたが戻らないのなら、他にほしいものなどもうないのだと。わたしは己の真実を知っていました。
 身の内の星も、夜空の星も。みんな優しく、いつもそばにいてくれました。昼間は見えなくとも、星々は夜にしずしずと輝いて、わたしは一人ではないと無言で慰めてくれました。
 他のどんな命とも、同じ。ただ静かに生きて、いくばくかの星を狩る仕事をして、そしていつか死んでいくのです。
 今日と変わらぬ明日を迎えるには、それで十分だと思える暮らしでした。


 静かな暮らしに慣れ、幾年かが過ぎた、ある夜でした。
 その日は、ずいぶん遠くなりつつある記憶に残っている、あなたの誕生日でした。
 わたしは少しばかりの馳走を用意し、珍しく森の中で兎を狩りました。長い旅の中、あなたと肉を分け合って食べた誕生日の習慣だけは、ずっと変わらずに続けていたのです。
 もうこの世のどこにもいないだろう、わたしだけが覚えている人を祝って、わたしは家の前で一人、起こした焚火を無心に見つめました。
 兎肉がいい塩梅になり、わたしは街でしばらく前に手に入れていた取って置きの岩塩を振りかけました。
 さてそろそろと、命に祈りを捧げて、兎肉の串を手に取ろうとした時。

 ー-ふと、深い森の奥にもかかわらず、小さな気配が生じたのです。

 そして、兎肉を焼くわたしの前に、幼い子どもが転がり出てきました。
 それは、かつてのあなたと同じ異国の布を頭に巻いた、幼子でした。

「……え?」

 信じられないような光景に、わたしは呆然と幼子を見つめました。
 幼子も自分の行動の意味が分かっていないとでもいうように、呆然とわたしと焚火を見比べています。ぐぅぅぅぅ、と幼子の痩せた腹から大きな音が響き渡りました。
 いつかの再来。
 こんなことがあるのだろうか、とわたしは目を見開きました。偶然なのか必然なのかもわからないまま、わたしの指先は震えました。
 その時、耳朶に埋まったわたしの星が、焚火と同じくらい赤く強く光り、ずくん、と強い痛みをもたらしました。それは何とも久しぶりの感触で、同時に、己の定めを意識せざるを得ないような強い疼きでした。
 あなたは死に、そしてまた生まれて、ここに戻ってきたのでしょうか。もしかして、わたしとあなたと二人きり、星狩りとしての定めの生を繰り返しているのでしょうか。”ほしがり”は、わたしたち二人だけの輪廻の名なのでしょうか。
 幼い男の子は食欲に耐えきれないように、目の前で焼かれる兎肉に見入っています。どこか恍惚としたその顔つきに、狂おしいほど愛おしさがこみ上げるのを、わたしは感じていました。
 胸に迫る想いが、せり上がります。身体に埋まったままもう外せない星々が、一斉に脈打ち始めます。ずくん、ずくんと。わたしの残りの生の意味と残された時間の短さを、嫌というほど知らしめるように。
 ーーいつしか、喜びとも哀しみとも諦めともつかぬため息と共に、わたしの唇から呟きがこぼれ落ちてました。
 いつかのあなたと、同じ言葉で。

「……わたしたちは、”ほしがり”なのだね」

 満天の星が、わたしたちの背後で輝いています。
 幼子にこの後なんと声をかけようかと逡巡しながら、わたしは黒い二つの眼を見つめたのでした。


【詩】ほしがり

わたしたちは、ほしがりなのだよ
あなたの深い声が響く、夜の森の中
仄暗さに浮かぶあなたの背中を
幼い脚で必死に追いかけたのが、最初の記憶

のっぺりとした黒い天蓋を飾るのは
かよわいけれど、たしかな無数の光
あなたは虚空に手を伸ばし、星を狩ると
物心もつかないわたしの耳朶に、青白い星を飾った
星を埋めた耳朶は、ふんわりと発光した
暗い道でも一人で歩けるだろうと、あなたは笑った

わたしたちは、二人きりで随分長い旅をした
いつから、いつまで、そうだったかは覚えていない
ただ、行く先々で わたしたちは夜空の星を狩り続けた
時に磨いて街に売りに出して、余った分は道に放った
気に入った星は 目の縁に、爪先に、鎖骨に、手首の内側に
あなたは幼いわたしに星を埋めては、わたしをほんのり光らせて喜んだ

気づけば、あなたの背中を見失って随分経った
あなたから、仄かに光るわたしが見えるのならいいが
わたしから、あなたを見つけることはできなくなった
あなたとそうしたように、夜空の星を狩り続けた
時に磨いて街に売りに出して、余った分は道に放った
生きるには十分なのに、それでもやたらと星が欲しくなった

星にも寿命があるらしいと、知ったのは最近のことだ
耳朶の星は血のように赤く輝き、熱を帯びるようになった
残りの命を賭して燃え上がる予兆に満ちた赤い星が
体中から火を噴いて、わたしを焼きつくす幻を見る

あなたのくれたたくさんの星を
抱えたまま生きるよ、と仄暗い夜に呟く
わたしの来た道も、わたしの行く道も
ぼんやりと浮かび上がっている
何とまぁ明るい道だろう
昨日と変わらず生きるのには十分なほど

なのに

わたしたちは、ほしがりなのだね
己の深いため息が響く、夜の森の中
仄暗さに浮かぶ近くの茂みから
幼い二つの眼がのぞいている


 最後までお読みいただきありがとうございました。
 本作はノベルメディア「文活」寄稿作です。この下の有料部分には、文活購読者向けの、今回の同テーマ創作のきっかけや、わたしにとっての「詩」と「小説」の違いについて記しています。
 文活(有料購読分)は、他の作家の皆様の作品もたくさん読めます。いずれも素晴らしいものばかりですので、この機会にぜひよろしくお願いいたします。

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