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愛すべきストーカー男の偏愛ひとり語り 第一話 (全六話)


概要

 元々ストーカー気質の内面おれ様男が、無理矢理手に入れた彼女の反撃に遭い、何年もつけ回した挙句に自分の正体を知り自分と向き合う、ややホラー仕立ての片恋語り。
 葉流はるから鋭い別れを告げられた僕だが、その後も自分の彼女として葉流をつけ回すため着信拒否される。通信手段を失った僕は、葉流を逐一観察して彼女を取り戻そうとする。
 ある日葉流が突然僕の車に乗り込み、奇妙なドライブが始まる。
 幻覚に惑わされる歪な町での葉流の奇異な言動や狐面への執着に、僕は右往左往する。葉流は本当の葉流なのか。僕が求めているのは何なのか。
 次に訪ねた時に知った葉流の真実。さらに僕自身の正体を知った時、愛する意味を考える。

(298字)




あたしはだあれ



愛すべきストーカー男の偏愛ひとり語り

  一


 なぜか僕のロードスターの助手席には、長期着信拒否続行中の葉流はるが座っている。むっつりと前を見据えたまま人形のように動かない。
 僕はいつも遠くから近くから彼女を見守っていたんだ。ちゃんと飯食ってるかな、病気してないかな、エアコン壊れてないかな、新しい服買ったかな……ベランダに洗濯が干してあれば、ちゃんと生きてるなとほっとする。けれど夜中までそのままだったりすると心配してしまう。時々は、ずぼらな彼女の玄関前を掃いておいてやる。本当は今すぐにでも君に花束を持たせてやりたい。僕は優しい男なんだ。

 葉流の玄関のチャイムを押してみた。今までも幾度となく押したが、留守なのか居留守なのか、はたまたチャイムが壊れていたのか、彼女が姿を見せることはなかった。それなのに、今日はチェーン越しにドアが開いたのだ。
 油断していた僕はむしろ焦ってしまった。
「ど、どうも……」
「……なに?」ぶっきらぼうな返答。
「あ、あの……まさか開くとは思ってなかったから」
 以前は可愛いと感じていたまんまるの目を、必要以上に細めた彼女の目が怖い。
「いや、元気ならいいんだ。いつも夜に車から声かけて驚かせちゃうから。その、少しでも話ができたらって。少しだけでも気が済むんだ。これっきりだ、本当だよ」
 葉流は僕に聞こえるように、「チッ」と舌打ちをすると、勢いよくドアを閉めた。……何もそんな風にしなくても……ただ顔が見たかったし声が聴きたかっただけなんだ。
 のろのろと後退りドアから離れる。なぜそんな冷たい態度を露骨に続けられるのか、僕は優しい男なのに……。とぼとぼとアパートの階段を降りようと踏み出した背後で、ふっとドアが開くと、するりと葉流がその隙間から出てきた。
 僕の知らない真っ白なワンピースの下から僕の知らない真っ赤なスカートの裾をのぞかせ、赤い鼻緒の下駄を履いている。左の細い足首に草の蔓みたいな薄緑色の紐が結んであるのがちらりと見えた。
「ど、どうしたの?」
「夜に待ち伏せされるの特大迷惑だし、話せば気が済むって言ったから」
 どういう風の吹き回しだ……心の中で呟いたつもりが、声に出ていた。
「風なんか吹いてないし回ってもない」
「あ、相変わらず……おしゃれさんだね」と言うと、
「………」キッと睨みつける。
 葉流はずんずんと僕を追い越し階段を駆け降りて行く。やけにすばしっこい。そして僕より先にロードスターの横に立っている。
「え? 乗るの?」
 葉流しか乗せたことのない、日本に一台しかない珍しいロードスター。彼女が離れてからも手放すことが出来なかった。あれだけ僕を虫のように無視しきっていたのに、今は乗るのか。
「家の中では話したくない」
「あ、ああそうだったね。ではお姫様、どうぞ」
 以前、ロードスターに下駄は似合わないから、乗る時は絶対に履いてくれるなと、葉流にイカす靴を買ってあげた。あの時の靴はどうしたんだろう。
 葉流は再びキッと睨み、ふてくされた顔で僕が開けたドアから車に乗り込んだ。華奢だから、座ってしまうとシートに沈んで外からでは姿がよく見えない。車内に一瞬ほんのり梔子くちなしのような甘い香りがした。
 エンジンをかける。低音が響くこの瞬間だけ、自信に満ちていた時分の自分を思い出す。
 葉流が隣に居ることをもう一度確認する。ぶすっとしているが、やはり葉流だ。ショートボブに揃えた髪の隙間から、控えめな蜘蛛のピアスがキラリと光って、蜘蛛嫌いの僕を少し引かせた。
「どこでもお好きなところへ」
「……好きなところはない」
「ああ、そ、そうすか、ははは」
「話をしないなら戻る」
「話すよ、話す。わかって欲しいことがあるんだよ」
「わかるつもりはないし、これきりにして」
 箸にも棒にもかからんな、と今度は声に出さないように気をつけながら心で呟いて、
「それじゃ、とりあえず走らせますか」
 あてもなくロードスターを発進させた。

 葉流の着信拒否は三年前からだった。付き合い出した頃から気が合わなくて喧嘩ばかりしていたけれど、僕は葉流がとても気に入っていた。
 彼女は絵描きで少し変わり者だったが、僕の話を自分の事のように喜んだり怒ったりしてくれた。仕事で精神的窮地に陥った僕の震えが止まるまで、何時間でも何日でも手を握ってくれていたこともあった。
 僕はどこへでも彼女を連れて出かけた。彼女が創作中だろうがなんだろうが引っ張り出した。似合いそうな服を見つけると着せてやりたくなる。いつでも花束を持たせてやりたい。葉流にはいつも可愛くてイカす女でいてほしかったし、僕には葉流が絶対的必要不可欠だった。僕以外の人間と話すことさえ否定したかったんだ。
 葉流の細い脚は、抱き心地の悪い僕の抱き枕だった。だから僕は眠る時はいつも頭と足を逆さまにベッドにもぐりこんだ。葉流を失いたくなかったし、今だって失ったわけじゃないと思っている。三年前の喧嘩から、葉流はずっとへそを曲げ続けているだけなんだ。

 ドライブ日和だ。どこへ向かおうか。
「早く話」
「いや、ねえ、いきなり話せと言われても、何から話そうかねえ」
「……帰るわ」
「いや、あるある、いっぱいありますよ。あるけど少しだけ運転に集中させて」
 目的地もなく走るのって結構落ち着かない。せっかくロードスターに乗っているのだから、景色の良い伊豆箱根スカイラインは?
「景色はいらない」
 むっつりと前を見据えたまま微動だにせず、ここに存在している葉流が不思議だ。
 あてもない高速道路に乗り、車が流れに乗ったところで僕は語り始めた。
 通信手段が使えないからこそ、彼女が夜に帰宅するのを待ち伏せてしまう。にもかかわらず、いつも無視されて逃げられてしまうから、伝えたいことが伝えられなかったことを前置いて、
「あのね……お願いだから着信拒否解除してくれないかな」
「……」反応なし。
「たとえば、たまには旅行に行きたいわけよ。でもひとりじゃ味気ないっつうか……」
「……ひとり旅ほど有意義だと思うけど」
 反応があったと思ったら、なんとも味気なく突き放す。
「たとえばね、たとえば葉流と一緒に戸建てに住みたいってずっと思ってるわけよ。アトリエも用意する」とか思い切って。
「……」反応なし。
「葉流がいないと人生つまらないんだ」とかは、だから言えなかった。きっと反応ないから。それどころか過去の経験上彼女の場合、話の内容によっては走っている車から飛び降りる可能性もある。ここは高速道路だしそれだけは避けないと。
 何を考えて突然車に乗り込んだのか。
 僕は話題を全く変えてみることにした。

「院卒の新入社員で、瀬津名せつな君という男の子がいてね、技術の知識を自負していて、挨拶もろくにしないし愛想もないの。そいつがある日僕を呼び出したんだ。上長の僕をだよ。偉そうにしてる奴だったから、なにか文句があるのかと思って呼び出されてやった。そしたらね、いきなり言うんだよ。
『ぼく彼女にふられちゃったんです』
 びっくりした。仕事の話だと思っていたら、超プライベートな恋愛問題。いきなり仕事中に上長に話すってどういうこと?」
 葉流が少し動いた。首をやや傾げている。
「瀬津名君はまだ生まれて四半世紀だろ? これからだよ。その子が離れてくれたからこそ、君の次なる人生の始まりなんじゃないか。って慰めにもならんが、慰めてみた。すると彼は小さな声で、
『遠距離恋愛だったんです。だから中々会えなくて。でも、信じてたんです』
 まあ、遠距離にはありがちだよな。で、よくよく聞いてみると、住まいはたった二駅しか離れていない。なんで遠距離? 
『遠くに住んでると思っていたら実は近かったんです。それに他に彼氏がいるって。しかも二十も年長の妻子持ちと三歳下の大学生……二人も……』
 瀬津名君、本気で泣き始めちゃったんだよ。
『ねえ加我美かがみさん、彼氏って、彼氏って一体なんなんですか? 浮気されてたのって誰なんですか?』
 待て、やめれ! 上長の僕が新人の君を泣かしているみたいじゃないか。通りすがりの社員がじろじろ見ながら通り過ぎる……」
「ピュア」
 何年振りかにまんまるな目をこちらに向け、葉流が反応した。いつも切り揃えてある前髪を、今日は珍しく葉っぱを模したピンで留めていて、初めて葉流のおでこをまともに見た気がした……富士額だったのか。気を取られてハンドル操作を誤りそうになったが、自動運転に切り替えてあるから問題はない……というのは問題だが。
 調子づいた僕は、
「だろ? 院卒で鼻高にしてる生意気な奴って思ってたら、ピュアだったんだよ」
 葉流はすでに何事もなかったように、再び正面を向いてぶすっとしている。
「初めて付き合った彼女で結婚するつもりだったらしいの。めそめそ泣いてるから、月並みな言い方だが、『女性は彼女だけじゃない。ほら、今マッチングなんちゃらとかいろんなお見合いサイトがあるじゃない。結構若者は活用してるみたいだよ』って、深刻にならんつもりで言ったんだ」
「慰めにならんわ」葉流がむすっと反応する。
「そう思うだろ? ところがどっこい、ハマっちゃったんだよ。愛想なく鼻高だった奴がね。
『加我美さん、今度はこのと会うんです』
 スマホの画像を見せながら騒がしいんだよ、人が変わったみたいにね。夢中になるのもいいけど、ちゃんと仕事してくれよって思ったね」
 葉流が再び目をまんまるにして、僕を見ているなと思った瞬間、ブハッと噴き出した。 
 やった! 葉流を笑わせた! 
 その後も葉流は、何にツボったのかくすくす笑っている。ああ、葉流が笑ってる。僕の全身はくすぐったく震えた。

第二話に続く


第二話

第三話

第四話

第五話

第六話 (最終話)






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