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山梨山小屋逗留日記(四日目)

 朝七時起床。今日あたりから残り物食材を消費する朝ごはんになっている。
 今日の予定は忍野八海が一番の目的で、そのあとはお土産を今日明日で買い終えること。
 家族がプリントアウトしていた紙がずっとテーブルにあり、作業中や食事中も目には入っていた。聞いてみたところ、近隣の道の駅には温浴施設が併設されているところがあるのだが、その近くに住民票を置いている人たちだけが入浴権を持つ別の温浴施設があるらしい。
本来は住民だけだが、私たちがいる別荘地を利用している人間は管理事務所で許可証を借りれば有料で利用できるということだそうだ。
 連日の作業の疲れと、サウナで整いたい家族が今日そこでゆっくり温泉につかって、外食してこようと言ったので、今日は夕方早めに山小屋に戻ってくることを約束した。
 待ちに待った平日である。さすがに道が空いていて幾分ストレスフリー。
山中湖方面に走りながら、陸上自衛隊の北富士駐屯地がある道を曲がってまっすぐ進む、今回の旅の途中では自衛隊のトラックを多く見た。行きの談合坂サービスエリアでお土産を真剣に選んでいる隊員の方を見かけて微笑ましく感じた。大学時代の友人も陸上自衛隊で御殿場にいたし、前職の上司の一人も朝霞で勤務していた経歴がある。みんなひとりの人間なのだ。警察官だってコンビニでご飯を買うし、消防署の人がスーパーで買い物だってする。非難する理由は私にはない。
 話がそれたので本題に戻す。忍野八海周辺は細い道で入り組んでいるのと、観光バスや徒歩の観光客が多いので運転に気を使う。無料駐車場などを無理に探して事故でも起こしたら嫌なので、ここは日和って、前回と同じお土産屋さんの駐車場に置かせていただく。こちらのお店の駐車場を利用する場合は店員さんから駐車券をもらい、帰りに店内で600円以上買い物をすると駐車代が無料になるシステム。なお、お土産を買わない場合は500円を支払う。
 私的にはここに置くと一番忍野八海に近いと思っている、観光バスも多く駐車していたのでみんな同じ考えなのかもしれない。
 忍野八海へ行く道すがらは焼き栗、焼き草餅、焼き団子、ソフトクリームなどを買い食いしながら歩ける。ドライフルーツや絹織物、骨董品のお店もあったりする。
 前回も食べて美味しかった焼き草餅をかじるとすぐ目の前に忍野八海の風景が広がる。
 茅葺屋根の水車小屋、穏やかな水音、満開の桜の間に悠然とそびえる富士山。これぞTHE日本の風景なのではないだろうか。
外国人観光客のツアー客で敷地がごった返しているのも、写真撮影に夢中なのもわかる。最高の瞬間に立ち会っているのだと日本人の私でもわかるくらい美しい景色だった。
 澄み切った水が湧き出す場所は深い青色に染まっていて、そこを金色の鯉が優雅に泳いでいる。
 湧水を汲める場所もあり、水を貯めるボトルも売られている。
このボトルが売られているお土産屋さんが非常に広く品数が多い。コロナ禍が落ち着いたので試食や試飲も復活したので見る方も楽しいのだろう。
試飲させていただいた桃抹茶ジュースが冷たくてとても美味しかった。ソフトクリームを食べている人も多くみられたので、暑かったという最高のスパイスがより効いている。
 お土産売り場の中心部までは長持ちする飲食物系のお土産が多く、最奥部まで進むとインバウンド向けのお土産がずらりと並んでいる。興味津々で真剣に自国へ持ち帰るお土産のラインナップを傍らから盗み見する。
富士山と書かれて描かれたTシャツやキャップ、絵馬サイズの板に富士山が描かれた温度計、生地と綿で作られた日本刀、小中学校の遠足や修学旅行で目にしてきた懐かしくキッチュなお土産。
 私は吉田うどんのセットをお土産用にいくつか購入してその場を後にしたが、富士山TシャツやおもしろTシャツにはいつまでも後ろ髪をひかれていた。
 駐車場に戻り、知り合いのお子様用のお土産を購入して忍野八海を離れる。
忍野村を出て富士吉田市の富士山駅へ向かう。駅への坂道を上ると正面に赤い大鳥居が迎えてくれる。駐車場に車を置いたら、徒歩で坂道を下り金鳥居方面へ進む。『金鳥居』は俗界と神聖な富士山の『結界』として存在するパワースポットということで、カメラを構える観光客が私を含め多くいた。
緩やかな下り坂だし、出来る限りの軽装で歩いていたが、日差しが強く数分で汗が噴き出してくる。
 道中、コーヒーの匂いが鼻をくすぐる。『お茶の春木屋』さんの道を挟んだ向かいにある『春木屋『月滴庵』Coffee』さんで富士山の湧水で淹れられるコーヒーの香りだった。
お茶屋さんの店舗でソフトクリームを販売しているのでここでもソフトクリームを食べている人たちが多い。
 ノープランで下ってきたのはいいが、どこまで行ったらいいのか自分でもわからなくなってきた。もう少しもう少しという気持ちと、足に溜まっている乳酸との闘いである。
『金精軒 富士茶庵』が見えてくる。一階は定番の人気商品と季節のお菓子を販売するショップで、二階はゆったりとした空間のカフェになっている。昨年カフェを利用した際は私ひとりしかいなかったが、今日は外のテラス席まで満席で、断っている店員さんの姿が見えた。
 ここを折り返し地点として、今度は炎天下の上り坂を歩く。喉がカラカラで頭の血管が切れそう、一度でも休んだらもう二度と歩き出せない気がする。
それでも今日の汗と疲れには温泉が待っている。それだけを希望に重い足を前後に動かした。
 途中、古き良き商店街のアーケードを歩く。先ほどの人の集団が嘘のように、この場所に住む人々が営む静かな日常が垣間見える。その中で個人店の金物屋が目に入った、ガラス戸から覗く金物屋らしい包丁、のこぎりのほかに印鑑も売っていたので、雑貨店的な意味合いもあるのかもしれない。
店主の姿もないそのお店の外観をなんとなく数枚写真を撮った。
 汗だくになって富士山駅に戻り、窓を開け富士急ハイランドから響いてくる悲鳴を聴きながら山小屋へ戻る。
山小屋に戻ると、庭の富士桜が満開になっていた。たった数日でここまで様相が変わるのかと驚いたのでこれも記録としてカメラに収めた。
 作業を終えた家族が管理事務所へ入浴券を借りに行っている間に私は入浴の準備を完了させておく。
家族に運転を変わってもらい、目指すは温浴施設。スラロームのような山道を下り、スポーツ合宿専用の運動場の間の細い道を抜けると目的地に着いた。
 確かに道の駅の真裏にひっそりとある。入浴道具一式を持って入館して、受付で入浴券を見せると券売機でチケットを買うよう促される。部外者が暗黙の了解で受け入れられた瞬間である。
 家族はしずかちゃん並みにお風呂が好き(知り合いが自身の旦那さんが大のお風呂好きなのを例えた名言)なので一時間程度とお互い時間を決めていざ入浴。
 浴場は意外と地元のご婦人で賑わっていた。特に露天風呂は満員御礼だったので、屋内の湯船につかる、熱すぎないお湯がじんわりと身体を内側から温まっていく。ふつふつと毛穴から発汗する感覚は、普段湯船に10分ほどもつからない人間なので、こうした感覚の自覚は中々ないのでつい声が漏れ出る。
 屋内風呂が私ひとりになったところでジェット水流が出る場所に移動して身体をほぐす。長らくスーパー銭湯や旅行にも行っていない、両手足をのびのびつかる湯も悪くないなと思った。
 露天風呂に入っていたグループの数人が脱衣場に移動していくと、先客に迷惑がかからない程度のスペースが空いたのがわかったので、いざ露天風呂へ。
 数人のご婦人達が話す井戸端会議をBGMにして湯につかる。ただ、私はここ数年でかなりの体重変動があったので、肩まで入った瞬間、地殻変動レベルで水面の表面張力が発生したせいか、となりに入っていたご婦人がちょっとお湯の勢いに負けて迷惑そうに横に逃げたのを見逃さなかった。痩せないと天然温泉ももったいない。
 温泉から上がり、身繕いを終えて女湯を出ると、まだ家族の姿はない。廊下には最新式のマッサージマシーンが置かれていた。足先も指先もカバーするもので、迷わず全身を預けてスタートボタンを押す。
 ぼんやりしながら身を預けていると、いつの間にか家族が横に立っていた。
気を使って廊下に置かれたベンチで入浴客と話しているのが聞こえたが、どうやらその人がマッサージ機の空き待ちをしているようなので、早々に切り上げて施設を後にした。
温泉で内側から温まった身体に早晩の冷気が心地いい。
 車に乗り込みまた家族の運転で外食へ、どこに行こうか、と言っている時、人間は大体頭に回答が出ていると思っている。
「焼肉だな」ぼそっと家族が呟く、私も正解だと頷く。
正答を目指し私たちは一路街中へと車を走らせる。
 家族は今までも仕事や親戚との釣り旅行の中継地点として幾度となく山小屋を利用している。焼肉に行く機会は結構多いらしく、行きつけの店もいくつかあるようで、慣れたハンドルさばきで迷いなく車を進める。
 過去にお酒とつまみ程度にお肉を数種類頼んだだけで目が飛び出る金額になったお店もあったと聞いたことがあった、私は人の三倍くらい食べられる人間なので、あまり高いお店は遠慮してほしいと伝えつつ、一軒目のお店は臨時休業。定休日じゃないはずだったそうだが、やはり土日で混んだ分、平日に休みを取ったのかもしれない、と慰めつつ二軒目へ。
 二軒目に辿り着いたものの、こちらも臨時休業、おやおやとぼやきながら、他にいいお店はないかなとナビで近隣の焼肉屋を探す。二軒目から適当に道を流していると、前回コインランドリーを利用した地区に差し掛かった。いわゆる住宅街なのだが、ここのどこに焼肉屋さんがあるのだろう、とトロトロ制限速度で走っていると、あった。
 個人住宅だらけの道沿いに急に現れたビジネスホテル、そしてその敷地内に建つ焼肉店。
ここにしようか、ということで駐車場に停めた。
 店の入口の手前に暖簾がかかった、どっしりとした木製の門が構えている。門を覆う瓦屋根は、両柱に飾られた提灯の上にもある。
暖簾の隙間から入口までに覗く風景は整えられた日本庭園で、ここは高いんじゃないか、大丈夫なのか、という一抹の不安が脳裏をよぎる。
 入店して窓際のテーブル席に通され、温泉とサウナで整っている家族は生ビール、私は下戸なのでウーロン茶、キムチ、野菜サラダを注文。
メニュー表をじっくり見る、肉のランクもしっかり表記されている分、それなりにお高め。
「好きなものを食べなさい」という言葉をかけられるも慎重にメニューを選んでいく。
 無難にカルビ、ハラミ、ホルモンを注文。肉は貫禄のある厚みで、油も全くくどくなく、もたれない、まさにいい肉の味がする。
家族はお代わりでマッコリを注文。どぶろくに似ている、という感想が正しいのかどうかはわからない。
 〆に石焼ビビンバ、おこげが美味しい。家族はテグタン、スープがさっぱりしていて「美味い」をいただいた。
最後に無料でストロベリーアイスクリームが提供され、口の中がさっぱりしたところでごちそうさまでした。
いつの間にか店内はホテルの利用客らしき層も含め帰る頃には賑わっていた。
 家族が支払いをしてくれたが最後までドキドキしていた貧乏性である。
酔っぱらいを乗せて、のんびり河口湖駅付近を通って帰る。インバウンド向けの日本食レストランはいつ見ても外まで人が混んでいる。ちなみに河口湖駅周辺のコンビニエンスストアの従業員の人たちは皆外国語が堪能で、私は今までの人生何を勉強してきたのだろうか、といつも頭を抱える。
 別荘地の入口に入り、山道のスラローム的坂道を上り始める。
さすがに夜の山道は幼少時の恐怖を思い出させる。前回は鹿の親子に遭遇したのでハイビームでゆっくり走っていく。
 幸い鹿には遭遇せず山小屋へ着いた。酔っぱらいは着いてすぐに寝床へ姿を消していった。私は今夜もハンドメイド制作をしてから就寝。

つづく

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