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2022.10.30

 スパイダーマンの形態模写が上手かった学生時代の友人と話し込んで、もう一時間半ほどが経っていた。卒業してから連絡は取っていたが、会ったことは無かった。  渋谷の街は数日後に訪れるハロウィンが待ちきれずに仮装した人や、久方ぶりに観光で訪れた外国人で溢れている。  慣れない渋谷の街をうろついて、やっと入ることが出来たお好み焼き屋で、おれはビールを、友人は烏龍茶をもう数杯重ねている。彼は数年前から酒を辞めたという。  一通り互いの近況報告をし尽くした後、友人が唐突に言った。「あいつ

    • もういない

       暇つぶしに、ふと思い立って何か新しい作品でも出していないかと開いたウィキペディアで、すでに亡くなったことを知った。  泣くわけでもなく、ベッドに横たわったまま、天井を見つめた。別に見たくて見た訳ではない。ただ壁に据え付けられたエアコンの汚れが気になった。  会社に近い部屋を借りて、通勤時間が短くなってから、本をあまり読まなくなった。  全く読まないわけでは無いが、本に向き合う時間は格段に減った。  好きな作家は何人かいる。  大半は死んでいて、生きている人もいるが、新刊が出

      • 【掌編】私と彼女と彼

         帰りの夜道、角の向こうから大丈夫ですかという声が聞こえて、そっと近付くと、男が倒れていて、女が脇にしゃがんで呼びかけている。  どうしたんですか、と彼女に声をかけると、こちらを見るなり、怯えた顔で走り去っていった。  夜道で見知らぬ男に急に声を掛けられたのだ。無理もないと思う。  行き倒れと取り残された。  どうしたものかと改めて彼に目をやって気付いた。  目を閉じて、横たわっている男はおれと同じ顔をしている。  行き倒れた自分を、同じ人間が見下ろし眺めている。これではまる

        • 【掌編】三題噺

          枯山水の庭を眺めながら茶を飲んだ。 美しく、日に衰える。 私の心の支え。 布団の中の南京虫は日に日に増えて、血と何かを私から削いでいく。そんな気がする。 のっそりとパンダが庭の手入れをしている。 「ありがとう」 心から私は云う。 「あんたさんのおかげでこの庭も安泰です」 目が白黒して霞む。 「この庭に必要は水やない、いるのはあんたの血や」 パンダが笑う。 初めて見るが笑うパンダは不気味だ。 三人の友人からもらった単語、「枯山水」「南京虫」「パンダ」で作った話。

          【掌編】迷路

           電車を降りる事にした。そこから歩いた方が早くたどり着けると思ったのだ。  改札を抜けるとすぐに小さな店が並ぶ路地に出た。ぶらぶらと団地の中を進んで行く、何だかひどく間延びしたような、大雑把な造りで、三メートルほどの身長がある人間であれば丁度良いだろう。  後ろから数人の男女が歩いてくるのに気付いた。  「みんな駅の方で待ってるんだろう」坊主頭の大男がくわえ煙草で云った。  「もう食べ始めちゃってるんじゃないかしら」和服の女が云った。やはり火のついた煙草を手にしている。  彼

          【掌編】迷路

          【掌編】影の中

          街角のカーブミラーと街頭が入口をもう作ってくれていた。 あとは午前二時になったら片足を丸い影にのせ、踏み入れればいい。あちらへ行ける。半信半疑ではあるし行ったところでという気もしなくはない。今よりひどい可能性だって無くはないのだ。 「どうするの、来るの来ないの」と影の中から声がした。「そっちはどうですか」と思わず声の主に尋ねていた。 ややあって、「食い物は不味いし、水も汚い、まあ言い出したらきりがない」 何だ、つまらないことを聞いた。いや助かったのか。 「帰って寝ます」 「そ

          【掌編】影の中

          【掌編】卒業写真

           卒業アルバムの製作に関わるアルバイトをしていたことがあって、各地の写真館が撮影した、集合写真や行事の写真などを、パソコンの画像処理ソフトを使って、明るさや色調などを補正する。生徒や先生の個人的なスナップや、プリントされた写真をスキャンしただけのデータを補正することもあった。  京都や日光などあの時おれは一生分の旅行写真を見たのではないだろうか。  そうやって日に数十枚、数百枚の単位で写真を見ていると、割合に同じような顔をしている人の多いことに気付く。よく祖父母が最近のタレン

          【掌編】卒業写真

          【掌編】探偵

           「声に聞き覚えは?」  「いえ、でも女でした、少なくとも声は女のようでした」  「そうですか」  私の目の前に座る探偵はパイプも咥えていないし、むやみに頭を掻きむしったりもしない。見た目も、対面した時に差し出された名刺に記載された名前も、ごくごく平凡な男だった。考えてみれば現実の探偵の主な仕事は地味な調査がほとんどだろうし、小説やドラマに出てくるような、奇抜で強い印象を残すような人間は向いていないだろう。  来た時に出された緑茶に口をつける。少し冷めていて飲みやすい。  「

          【掌編】探偵

          【掌編】彼のギター

           彼のギターは決して上手くはなかったけれど、どこかしら人をひきつける何かがあったのは確かだった。  駅前の広場でほとんど毎日のように彼がギターを弾いていて、誰も立ち止まらない日もある。しかし、稀にふらりと足を止めてくれる人がいる。ほとんどが見知らぬ人々ではあったが、どこか見覚えがあるような気もして、それが彼には不思議だった。  ある夕方、彼が数曲を弾き終え、ギターをケースに仕舞い、夜勤に向かおうとすると、ずっと彼の歌を聴いていた一人の男が握手を求めて来た。大層感動したらしく目

          【掌編】彼のギター

          【掌編】知らないことばかり

          まだ夜だ。カエルの鳴き声がして、オレンジ色の灯りが部屋中を照らしている。どこにいるのかすぐには解らなかった。  傍らには弟が、昔と変わらない寝相で眠りこけていた。疲れていたんだと思う。眠る前に何を話したとかは覚えていない。  半身を起こし、惚けたままで辺りを眺める。少し開いた押し入れの襖。暗闇がそこにある。ゆっくりと近付き、潜り込んでみる。いくつかの段ボール箱をかき分けてみると奥には小さな引き戸がある。  その先に何があるのか、そもそも押し入れの中に引き戸があることなんて。

          【掌編】知らないことばかり

          【掌編】 トイレの男

          ファミレスに居た。 ふとトイレへと席を立つ。店の隅にある男性用トイレのピクトグラムは経年のためか、頭部にあたる円がはがれ落ちている。 ノブに手をかけようとして、使用中だと気付いた。 しばらくすると、紙をたぐるカラカラという音がして、水が流れた。鍵が赤から青になりドアが開く。 「失礼」 そう云って出てきた男には首が無かった。 「ここ首無し専用ですよ」 あるはずのない男の顔は笑っているように見えた。

          【掌編】 トイレの男

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          『氷雨月のスケッチ』

          『氷雨月のスケッチ』

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