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【掌編】探偵

 「声に聞き覚えは?」
 「いえ、でも女でした、少なくとも声は女のようでした」
 「そうですか」
 私の目の前に座る探偵はパイプも咥えていないし、むやみに頭を掻きむしったりもしない。見た目も、対面した時に差し出された名刺に記載された名前も、ごくごく平凡な男だった。考えてみれば現実の探偵の主な仕事は地味な調査がほとんどだろうし、小説やドラマに出てくるような、奇抜で強い印象を残すような人間は向いていないだろう。
 来た時に出された緑茶に口をつける。少し冷めていて飲みやすい。
 「その、以前から兆候というか、そういったものはあったのでしょうか?」
 「いえ、特には、気付いていなかっただけかもしれませんが」
 私としては正直な答えだったのだが、しばしの沈黙が流れた。
 嫌味に聞こえてしまっただろうか。変な気を遣わせてしまっただろうか。耐えられなくなって、取り繕うように「あのう、お幾らになりますでしょうか?」
 「いえ、今回は料金は頂きません」
定型的な質問を受けて、西日の差し込む雑居ビルの一室に再び時間が流れ出す。
「こちら資料になりますので、ご検討された上で、もしご依頼頂ける場合は、先ほどの名刺の番号までご連絡下さい」
 探偵がホチキス留めされた数枚のプリントを差し出す。料金表などが記載されたそれに少しだけ目を通し、半分に折りたたんで鞄に入れた。
 「本日はお越し頂きありがとうございました」
 頭を下げた探偵に見送られながら、エレベーターに乗り、ビルから出た時、私は先ほどまで話していた男の顔がもう思い出せないことに気付いた。
 あの男は探偵としては優秀なのかもしれない。そう思った。

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