2022.10.30

 スパイダーマンの形態模写が上手かった学生時代の友人と話し込んで、もう一時間半ほどが経っていた。卒業してから連絡は取っていたが、会ったことは無かった。
 渋谷の街は数日後に訪れるハロウィンが待ちきれずに仮装した人や、久方ぶりに観光で訪れた外国人で溢れている。
 慣れない渋谷の街をうろついて、やっと入ることが出来たお好み焼き屋で、おれはビールを、友人は烏龍茶をもう数杯重ねている。彼は数年前から酒を辞めたという。
 一通り互いの近況報告をし尽くした後、友人が唐突に言った。「あいつは長くないな」
 あいつ、というのが、誰を指すのかはすぐに思い当たった。それは彼のたった一人の身内たる妹で、難しい病に罹っているという事は、昔、彼が何度か話してくれたことがあった。
 「まだ足りないんだ」
 そう言って目を伏せた。卒業後すぐに著名なカメラマンに弟子入りをして、最近独立したという話は聞いていたが、そこまで苦しい生活を送っているとは知らなかった。
 冗談を交えた彼の軽妙な話に、時折相槌を打ちつつハイボールを流し込む。色々を経てまたこうして会えて良かったと心の底から思った。
 都外に住む彼の終電に間に合うよう、足速に駅へ向かう途中、おれは思い立ってスマートフォンで二人で写真を撮ろうと提案した。    
 何だよ今更と、彼がはにかむ。写真学科だったが彼は自らが被写体となることを好まなかった。
 足早に終電を目指す彼を見送った後で、帰りの電車を待つホームで何気なくふと別れ際にさっき撮った写真を見返した。
 まだ足りないというのはそうなのだろうけど、さっきまで隣で笑っていたじゃないか。
 おれと肩を組んで写っているはずの彼は、もうそのほとんどが消え失せていた。

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