【掌編】私と彼女と彼
帰りの夜道、角の向こうから大丈夫ですかという声が聞こえて、そっと近付くと、男が倒れていて、女が脇にしゃがんで呼びかけている。
どうしたんですか、と彼女に声をかけると、こちらを見るなり、怯えた顔で走り去っていった。
夜道で見知らぬ男に急に声を掛けられたのだ。無理もないと思う。
行き倒れと取り残された。
どうしたものかと改めて彼に目をやって気付いた。
目を閉じて、横たわっている男はおれと同じ顔をしている。
行き倒れた自分を、同じ人間が見下ろし眺めている。これではまるで『粗忽長屋』のようで、そう思うと可笑しくて笑いがこみ上げてきた。
そしてそれにつられるように彼も笑い出した。
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