【掌編】彼のギター

 彼のギターは決して上手くはなかったけれど、どこかしら人をひきつける何かがあったのは確かだった。
 駅前の広場でほとんど毎日のように彼がギターを弾いていて、誰も立ち止まらない日もある。しかし、稀にふらりと足を止めてくれる人がいる。ほとんどが見知らぬ人々ではあったが、どこか見覚えがあるような気もして、それが彼には不思議だった。
 ある夕方、彼が数曲を弾き終え、ギターをケースに仕舞い、夜勤に向かおうとすると、ずっと彼の歌を聴いていた一人の男が握手を求めて来た。大層感動したらしく目を潤ませていた。ボロボロの服で人相は悪く、正直に云えば、少し怖かったのだが自分の歌が誰かの心に響いていると思うと心から嬉しかった。

 翌朝、工場での夜勤のアルバイトを終えて帰宅した彼がテレビを点けると、ワイドショーが数ヶ月前に殺人を犯し、逃亡を続けていた指名手配犯の逮捕を報じていた。住所不定無職何某というテロップと共に画面に映った顔は、昨日握手を求めて来たあの男だった。

 泥棒、放火魔、人殺し…犯罪者だけを惹きつける、そんな音楽もあるのだろう。  
 彼の路上ライブには次第に刑事が張り込むようになり、その街の犯罪検挙数は飛躍的に上がった。
 やがて彼は親しくなった刑事の紹介で刑務所の慰問を始めた。やはりそれは大層受けた。

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