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御三家マンション

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記事一覧

不格好でも見逃して

 今年の春は、訪れて早々ずいぶんと気温を上げてきた。
 外に出ていたレンジャー達も、特に本日は何事もなく、平穏無事に巡回から戻ってきただけなのにだいぶ汗ばんでいる。そんなわけで、
 「……ジュウモンジ、戻りました」
 「コウ、戻りましたぁ! あーあっつ!」
レンジャー本部に入るなり、マサギとチームメンバー達は、大なり小なり暑さに疲れた表情を見せた。
 「は~暑かった! 今月に入ってから急にあったか

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花探し

 その日、マサギは朝から山に出動していた。登山中に音信不通となった観光客の捜索に当たっていたのである。
 観光客は昼過ぎには全員無事に見つかった。山道から滑落して多少ケガしているものの、命に別状はないという。救助活動をすべて滞りなく完了させ、マサギは夕方になってから他隊員達とレンジャー施設本部に戻ってきたところだった。
 報告を終えたマサギが休憩室に現れた瞬間、
 「マサ!」
 「お疲れ! 待って

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灯りは光りて炎は揺らぐ

 しまった、とマサギが思った時には遅かった。
 ドォン!
 朝の空気を震わす大音量。バサバサと街路樹から小鳥ポケモン達が一斉に飛び立つ。
 今マサギ達が立っているバトルフィールドからマンションの方を見ると、いくつかの部屋の窓が開いた。窓から見える不思議そうな顔や慌てた顔、驚いた顔にマサギは九〇度の礼をする。
「十文字さん! どうしたんですかっ」
 マンションのエントランスから、転がるようにイオが出

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紅茶はないがほうじ茶はある

 ダイマックスという、いまだ聞き慣れていない言葉を耳にして、マサギの反応がやや遅れた。
 「……ええ」
 マサギが短く答えた相手はマンションの新しい入居者である青年、スコープである。先ほど挨拶して別れたばかりだが、8階の自分の部屋から1階のマサギの部屋まで追いかけてきたらしい。
 スコープはマサギの返答を聞いて口を開いた。
 「よかったら、今からでも少しは話せるんだけど。どうかな」
 「いいんすか

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火竜とみずとかげ

 「失礼します! マサギ・ジュウモンジ、入ります」
 ここはポケモンレンジャー本部管制室。本部長に呼び出されたマサギは、きっちり定刻通りに管制室の扉をくぐった。
 数人のオペレーターが機器類と向かい合う部屋の中央で、初老の男性ーー本部長がマサギを迎える。
 「よく来たな、ジュウモンジ。早速だが用件を伝える。まず、このボールを見てくれ」
 本部長はハイパーボールを差し出した。受け取ったマサギがボール

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あなたがいない日

 マンションの屋上でマサギとイオが会話してから、およそ丸24時間後。
 指揮者のガーネットはちょうどその時刻、自宅であるマンションの入り口に差し掛かっていた。夜のとばりが降りて既にしばらく経っており、辺りは静寂に包まれている。――と、肩に乗っていたモクローのラテが、
 もふ?
エントランスに佇む人影と橙色の明かりに気づいた。
 「どうしたんだい、ラテ」
 ガーネットがラテに声を掛けるのと同時に、人

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決意とかお返しとか

——3月某日、ポケモンレンジャー本部にて。

 「——ということで、先月出現した謎の『穴』についての情報は以上だ。各自参考の上、関連情報や類似の目撃情報を入手したらすぐに報告するように」
 「了解!」
 レンジャー隊長の締めの言葉に、マサギは周りの隊員より一際大きな声で返答した。夕刻に連絡会があるのはたまにあることだが、今日の連絡内容はいつもより多い。それでもマサギは徹頭徹尾、背筋を伸ばして真剣に

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ありがとうとか、すれちがいとか

 とある日。冬にしては珍しく、陽光が部屋を温めていた昼下がりのこと。
 非番のマサギは、部屋の掃除をしていた。自分の後ろを、リザードのりすけがついて回っては手伝ってくれる。
 「りすけ、これ玄関のゴミ袋に突っ込んでくれ」
 がう
 寝室のクローゼットからそろそろ限界になった古着をまとめて出し、りすけに渡す。まだ処分するものがあるだろうかとクローゼットを覗いたところで、ふと端のハンガーに掛かったスー

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管弦楽

 冬のとある晩。
 マサギにしては珍しく、この遅い時間帯にマンションの自室から出てきた。彼の着ているのは、レンジャーの制服でも休日スタイルのTシャツ姿でもない。白いYシャツに黒のスーツと朽葉色のネクタイ、そして黒のコートだ。
 「………」
 全く慣れない服装に、やや動きがぎこちない。何とか鍵をかけてマンションのエントランスまで向かうと、ちょうどそこでイオと会った。
 「あ、十文字さん!」
 こちら

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空中散歩

 十文字マサギは悩んでいた。
 「………」
 特に眉間に皺を寄せるでもなく、口元を歪めるでもないので、一見すると隊員食堂でカレーを眺めながらボケッとしているようにしか見えない。……が、これでもマサギは悩んでいる。
 彼が無口なのはいつものことだが、今日は増して喋らないので、流石に同僚も心配した。
 「マサ、どした? なんか悩み事?」
 「うす」
 声を掛ければ即答する辺り、いつものマサギだ。少し同

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十月五日

 天は高く、風は涼しく、山は赤く色づく10月。秋は行楽シーズンであり、その分ポケモンレンジャー達も行楽地での仕事が増える季節だ。マサギも勿論レンジャーの例に漏れず、今日という日をいつもどおりパトロール業務に充てていた。
 自然保護区の山をチームメンバー2人と歩き回り、異常がないか確認する。マサギの隣にはリザードのりすけが傍に従っていた。
 午後の日差しも西に傾きかけているが、特に異常は見当たらない

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