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母に似た人

青信号の横断歩道で車がぶつかってきたのは2020年11月20日のことだ。
救急搬送され、手術を2回やって、24日間の入院生活になった。
コロナ禍でベッドも医療スタッフも足らず、入院中も何度かクラスターが発生して外来が閉鎖されていた。

その年の1月には母が逝っているし、その先々年には兄を看取っているから、駆けつける家族もない。
そもそもコロナ禍だから、面会自体が禁止されていて、数名の友人に連絡をしたけれど来てもらうことはできない。

入院後半は、痛みも和らぎ、毎日40分ほどのリハビリしかやることがない。
テレビも面白くないし、楽しくもないのに気を紛らわすためにつけているテレビカード代もバカにならない。

お金については、結果的に加害者から賠償されたのだが、このときは立て替えだから、手元現金がなくなるんじゃないかと気が気じゃなかった。
併設のコンビニは改装工事中でATMは使えない。
病院の向かいに別のコンビニがあるのだが、ウイルス持ち込み防止のため、入院患者の外出は一切が禁じられていた。

本が読みたい。

入院に必要な品は友人に頼んで病院の受付に預けてもらったのを受け取ったが、本はリストに入っていなかった。
こんなとき兄や夫ならば、私の読書の好みもわかっていたから、それなりのものを見繕ってくれたかもしれないが、生憎両者ともすでにいない。

命が助かったことはもちろんだが、事故によってスマホがダメージを受けてないことは幸運だったと思う。

かつぎこまれたとき着ていた服は全部血まみれで、手術時にハサミで切って脱がせたこともあり、退院時の服も靴もすべて、スマホでネット注文した。
配達先を病院にすればいいのだ。
家族がなくても友人の見舞いがなくても、こうして一人でできるということは、なんと便利な世の中だろう。
事故で倒れたとき、スマホは下敷きにならないほうのポケットに入っていた。

それで、注文したのが「罪の声」である。
映画が公開されているのは知っていた。
感染爆発中なので、退院しても見には行けないとは思ったが、原作は読みたい。

3日くらいで読んでしまったと思う。
それで、すぐにもう1回読んだ。
そのあと、別の本も注文したが、そっちは「外れ」だったので書かずにおく。

映画は、それから2年くらい経ってテレビで見た。
録画してDVDに落とした。
もう何度もやっていて、手元に録画があるのに、つい毎回見てしまう。
いまもやっている。

終盤に、声を脅迫に使われた子供の母親が登場する。
篠原ゆき子さんという女優さんだ。
「相棒」に出ているのを見たが、最初に知ったのは「カルテット」。
次には「リバース」。
つい名前を調べた。
惹かれた理由は、このときはまだわからない。

「罪の声」で、老けメイクをして出てきた彼女を見て、ハッとした。
母に似ている。
亡くなった娘を呼ぶ「のぞみちゃん」という声まで似ていた。
母も私を、ずっと「〇〇ちゃん」と呼んでいたから。

それから、ストーリーもセリフもわかっているのに、テレビで放映されるたびに映画を見てしまう。
そこで私は母に会っているのだ。
それで、あらためて母が死んだことをつきつけられて、つらすぎて悲しすぎて泣いている。
それなら見なければいいと思うのだが、見ずにいられない。

篠原さんは私よりうんと年若い。
老けメイクをしない彼女も、若い頃の母の面影がある。
笑った顔。
泣いた顔もか。
口を開いて歯を見せた表情が特に似ている。

母は6人きょうだいで、死産や生まれてすぐに死んだ子を入れると12人だったというのを聞いたことがある。
盛って言ったのかもしれない。

6人のうち、4人の叔父叔母は、母も含めてもう人の籍を抜けている。
昔から不思議に思っていたのだが、母のきょうだいは、母一人が違う顔をしていて、どの人も似ていない。
それで、叔母の写真などを見るよりずっと、篠原さんに親近感を抱いている始末。
勝手に、親戚のような気持ちで応援している。



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