短い髪 【曲からチャレンジ】⑤

さえちゃんが亡くなった。
急変してからあっという間だった。

さえちゃんの担当だった若い看護師の憔悴は見ていられないほどだった。
泣き叫ぶご両親の後ろで、目に涙をいっぱい溜めて黙礼をしていた。マスクの下ではきっと血が出るほど唇を噛みしめていたに違いない。

お見送りが終わったあと彼女に声をかけた。
彼女は焦点の定まらない目でこう言った。
「師長。私のせいなんです。私がもっと気をつけていれば。もっと早く気がついていれば…」
最後は声になっていなかった。

その翌日の今日、彼女は体調不良を理由に休んだ。

「私のせいなんです」
その言葉が気になって、さえちゃんのカルテを隅々まで見たが、看護師のヒヤリハットやインシデントは確認できない。
ご両親の慟哭が自分を責めるものだと受けとめてしまったのだろうか。

夜遅くマンションに帰って、ふとカレンダーを見て今日が給料日だったことに気がついた。
鉛のように重い手でパソコンを立ち上げ、いつものサイトから『寄付をします』をクリックする。給料日のルーティンだ。

額に入れて壁にかけてあるハガキに目をやった。
アフリカや中東の紛争地帯で医療支援活動をしているNGOからの、寄付御礼のハガキ。
その代表者の名前の下に走り書きされた、
『いつもありがとう。体に気をつけて』の懐かしい文字。

数年前、そのNGOと代表者の名前をネットで見つけ、それ以来毎月給料日に寄付をしてきた。
懐かしさと自己満足と、ほんの少しのアピールを込めて。
そのアピールに気がついたらしい彼から、時々ハガキが届く。

若かったあの日、彼からの「一緒にやらないか」の言葉にうなずいていたら、私は今どこで何をしているのだろうか。
看護師長として若い看護師のサポートすらできない私を彼が見たら、叱ってくれるだろうか。
短すぎる人生を閉じてしまった少女のために、一緒に泣いてくれるだろうか。

パソコンを閉じ、私はクレンジングシートで化粧と涙をぬぐった。
明日あの看護師は出勤するだろうかと考えながら。
出勤してこなかったら電話をしてみようか…と、考えながら。



ピリカさま主催の【曲からチャレンジ】企画に伴走させて頂いています。明日が最終日!

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