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#6 また会う日まで <退職編>

こんにちは。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

私事ですが、noteや他SNS等のアイコンを一新いたしました。
ちなみにキャラクターの名前は158(イチゴバチ)です。
どうぞ末永くよろしくお願い致します。

さて、前回のあらすじです。

<前回のあらすじ>
地元、福島県での農業研修を断念した僕は埼玉県のとあるいちご農家に飛び入りで弟子入りすることになりました。

今回の記事ではとうとう「前職の退職」について書いていこうと思います。

埼玉でのいちご修行

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ここには全国各地から様々な人が集まってきています。
北海道、福井県、お近くの千葉埼玉。
僕よりも若いヤングボーイから定年後のオールドマンまで。

はるばるいちごを学びに来た動機は人それぞれですが、誰もが瞳の奥に秘めたる炎を宿していることに変わりはありません。

そんな刺激的な場所で、まずは週に一回、休みの日だけ研修を受けることになりました。

怠け者の僕には、始発電車に乗って農園まで通う週末の日々は堪えるものかと思っていたのですが、むしろ一週間の活力剤になったことは意外でした。

シーズン終わりの収穫や育苗、本圃の片付けなど、いちご屋さんの多忙っぷりを肌で感じながら、それでいて生き生きとした七分の一農生活を一ヶ月弱続けました。

変化のための最後のピース

研修に行った回数が増えるにつれ、入学式の朝感じるようなあの期待と不安の波は次第に小さくなっていきました。

代わりに濃度を増していった感情は、「もっとみっちりいちごについて学びたい」という意欲でした。

そうなると必然、生活環境を変えねばなりません。

導かれるように研修までこぎ着けましたが、環境変化の最後のピースだけは自らの選択で埋めねばなりますまい。

「辞める」という決断の前に

システムエンジニアという職を辞めることをすんなり決断できたわけではございません。

会社にまだ恩返しできていないという罪悪感が多分にありました。

ほかにも「仕事を辞めてこの先大丈夫なのだろうか」「美味しいいちごが作れるようになるのだろうか」とわずかながらでもよぎった考えを挙げればキリがございません。

これらを総じて『迷いというのでしょうか。

だとすると、辞めるという判断には往々にして迷いがセットで付いてくるものなのかもしれません。

両者は仲の良い兄妹みたいなもので、「辞めたい」ではなく実際に「辞めよう」と思った時、二つを切り離すことはできないことに気付くのです。

迷いも一緒に連れて

ですが不思議なことに、葛藤の間、自らが思い描く農園の風景だけは揺らぐことがありませんでした。

早くその景色を見たいという思いだけはひと時も消えることがありませんでした。

道順は不安なのにゴールの存在だけは確信しているなんて矛盾しているでしょうか。

しかし、この矛盾があったからこそ、僕は『辞める』という決断を選択できたと言えましょう。

上司に伝える

夏が始まる少し前のことでした。
夕方、時間を取って頂き、僕は会議室の一室で上司と向き合いました。

「退職しようと思っているのですが」

上司は黙って僕の話を最後まで聞いてくださいました。
話を聞き終えると上司はこう言いました。

「衝動的に辞めるようなら止めようと思ったけれど、やりことがあるのなら応援する」

引継ぎや事務手続きについて、具体的な日取りを決め、部屋を出る僕をこう言って送り出してくれたことは決して忘れません。

「なんだ、俺も余生は野菜とか果物作って生活しようと思っていたんだが。先を越されちゃったな。旨いいちご作れるようにな」

新卒として拾ってくれた会社には今でも感謝しております。
いちごをこの手で作ることができたら、上司にも是非食べてもらおうと思いました。

寂しがり屋で夢見がちな街に

十八歳の時に田舎の町を出て東京に来た日からはや八年が経ちました。

あの時と大して変わっていないような気もしますが、かつて感じた東京への憧れはもうありません。こういうのを大人になると言うのでしょうか。

東京への憧れはいつしか親しみに変わっていました。

だからでしょうか。

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在りし日の中原中也のように「さらば東京! おゝわが青春!」と轟々と去っていきたいと思っていたのですが、そううまくはいきませんでした。

練馬のワンルームを去る時、哀愁とは無縁でした。

隣県へ引っ越すだけですし、現代は移動手段が発達していますからいつでも東京には来ることができます。

しかし、それとは別に漠然とこんなことを思いました。

「東京にはきっとこれからもお世話になる気がする」

そして何より、立ち止まってゆっくり回想している余裕はありませんでした。

振り返るにはまだ早すぎます。

そういうのは少なくとも、これから始まる研修の先――思い描く農園の姿が実現するかどうか見届けてからが筋というものです。

待ち望んだいちご漬けの日々は目前にまで迫っていました。

時計の針も徐々に現在へと近付いてきています。

次回⇒「#7 苗と夏 <育苗編>」





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