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Gotch『Lives By The Sea』を聴いて思ったこと

 ASIAN KUNG-FU GENERATIONにかかっていた魔法が解けてから、僕はそれほど頻繁に彼らの情報をチェックしなくなった。Gotchがソロ活動をしているのを知ったのはたまたま手に取った音楽雑誌に書いてあったからだし、ADAM atというジャズ・バンドに伊知地さんが参加していたことを知ったのもそのCDジャケットが気になって何気なしに眺めていたらその名前が表記されているのを見つけた、ということでしかない。ASIAN KUNG-FU GENERATIONは紛れもなく僕の青春だった。青春の憂鬱とともにあり、まだ見ぬ僕の未来のためにあったバンドだった。

 いまは? 

 ……どうだろう。彼らの声が聞こえてきても僕は素通りするようになっていた。

 『Lives By The Sea』にかけられたGotchの言語的マジックは、だらりと気の抜けたラップ調のリズムに遊泳する。言葉数は多く、いくぶん文学的で、一聴しただけで容易く全容を理解できる曲ではない。しかし、それらのメッセージは風に飛ばされたビニール袋がガードレールに引っかかってはためいているみたい耳に残り、そのまま遠くに飛ばされてはくれない。

 思わず口ずさみたくなるようなリズムと、情景描写を織り交ぜて積み上げるGotchの世界観。メッセージ性云々よりも、音楽が音楽であることの魅力の方に強く惹かれてしまう。
 

 Always
 君のためじゃないぜ
 ほら 勇敢だとか そんな冗談ならよして
 
 Okay
 金は紙じゃないぜ
 福沢で横っ面叩くのダメ

The End Of The Days

 "失われた世代"のせいにして
 暇つぶしに全額ベット
 逃げ込んだ自分探し
 「ポリティクスには興味はねぇ」って
 いい歳こいて そんなこと まだ言ってんの?

 The age

 しかし、それらの歌詞はやはり政治色の強いものであり、実はおいそれと口ずさめるようなものではない。まるで旅行先の海岸通りを歩くような足取りと潮風を感じるというのに、その情景はさまざまな思想の上で成り立っている。

 自分の伝えたいことと、リスナーが求めているものに対して上手く平衡感覚を使っているのだろう。それまでにGotchが培ってきた音楽という土壌にラップやフリースタイル、リアルタイムなフィーリングという苗を加え、ゴリゴリに主張を押しつけるわけではなく、あくまで自分の庭を開放するように歌っている。なおかつ、その庭は多くのゲストが参加型のアート作品みたいに多種多様な色を付け加え、感情豊かに彩られている。

 奥へと進んでいけば、現状を切り取ろうとシャッターに指をかけるカメラマンのようなGotchの眼光が垣間見え、ドキッとすることもあるだろう。自分の決めた方向性に従って表現を追い求めようとするその姿勢は無視できるものではなく、Gotchの確固たる考えを受け取らずにはいられなくなる。
 いまより良い時代にするためにできることを探すこと。思考停止に陥らないこと。メタファーを通し、僕たちに問を投げかけること。

 その政治色の濃くなった歌詞こそが僕がそのバンドから離れていった原因なのだが、そうか。ソロだとこんな風に吹き抜けるのか。ネットニュースなんかでGotchの(ときには行き過ぎた)政治的発言が流れてくるたびにどこか彼が僕のヒーローではなくなったように感じていた。

 元々アジカンは政治色を持ったバンドだなんていう人もいるし本人たちもそう言ってはいるけれど、そこにはもっと物語性や叙情性(ラストシーン→サイレン→Re:Reの仄暗い美しさをほかの何に求められるだろう?)があって、むしろ「生きる」ということに目を向けられていた。僕たち等身大の「生活」を歌いながら、その背中をそっと押してくれるような「メインストリームではないバンド」ゆえの格好良さがあった(『ファンクラブ』を口ずさみながら真冬の帰り道を歩いた経験を何に変えられる?)。

 そこに僕は共鳴していた。そりゃあ、いまの彼らに共鳴し、ファンになる人だっているんだろうけど。でも、僕のASIAN KUNG-FU GENERATIONはそうではなかった。そうではなく、もっと僕に寄り添っていたはずだった。闇の中に差し込んだ一条の光みたいに。それがあったからいままで生きてこられた。

 いいんだけどね。僕はアルバムを聴きながら思う。このアルバムもすごくいいんだけどさ。その歌声を聞くたびにあの代替不可能な学生時代を思い出す。誰にとってもいるはずの「僕」にとって特別なバンド。

 上手くいかなかった学生時代、ipodを自分の心臓みたいに握りしめて聴き込んだアルバム。まだ落ちぶれたわけじゃないはずなんだって言い聞かせるみたいに、大声で歌いながら帰路に着いていたあの頃。

 冬が来て、春が来て、夏が来て……初めて一人で新幹線に乗ってきたときに不意に襲ってきた寂しさや、夜の沈黙を誤魔化すためにイヤホンで耳を塞いで聴いた曲の数々。アジカンに敵うバンドはいない。『ソルファ』『ファンクラブ』『ワールドワールドワールド』『マジックディスク』その他etc...もうその時代は通り過ぎてしまった。良くも悪くも。

 いま、僕は酒を飲みながらこれを書いている。いいんだけどさ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONが僕のヒーローだったのは、酒とは無縁な時代だったんだから。

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