Asatteca

私が行ったダムや道路の記録置場。模型の写真も載せるかも。

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    最近の記事

    光市島田川にかかる鉄橋 

    私がレポートしている道路ネタを発見する端緒は2つあり、一つは地図読みやネット情報などから面白いものがありそうだと検討をつけて探索すること。そしてもう一つは、ドライブや散歩中に偶然出会うこと。どちらが多いかと言えば、後者がやや多い。常に面白いものがないかと意識して過ごしていると、意外と出会ってしまうのである。 今回は、偶然見つけてしまったネタからのご紹介。 1 現地調査某年某月某日、私は遥か光市の果てにいた。 実際は果てなんて大袈裟なものではなくて、何となく気持ちよさそうだと

      • 芦田川吊橋チャレンジ

        広島県府中市内をドライブしていたときに見つけた2つの橋のお話。 え、府中市ってどこ?という土地勘のない方にざっくり説明すれば、尾道の北の方、だ。 府中市は一級河川・芦田川の中流域にあり、JR福塩線の線路が通っている。東西方向のメインストリートである国道486号から分岐し、さらに北の旧上下町方面へとつながる道路が広島県道24号府中上下線(主要地方道)である。 橋は、JR福塩線と県道24号が芦田川を挟んで並走する区間で発見された。 最初の橋は、県道24号の始点からわずか1.7k

        • 尾道かわいい橋散歩 3 そして妄想へ…

          これまでの2回、尾道の名も無い(少なくとも名を示すものはない)かわいい橋を見てきたが、最後に紹介する橋は趣が異なる。というのも、この橋は歴史ある神社の参道として、今なお多くの市民に利用され愛されている橋だからである。なぜ敢えてこの橋をレポートするのかは、後に分かる。 尾道市西則末町に烏須井(うすい)八幡神社という地元民に親しまれている神社がある。宮司のご子息と私の弟が同級生だったりする馴染みのある神社であるが、一般的には願い玉というお守りで人気である。観光的な話は私にはよく

          • 尾道かわいい橋散歩 2

            尾道市のど真ん中を通って尾道水道にそそぐ川が栗原川である。 地理院地図で確認しよう。国道184号に沿って北から南に流れる川が栗原川だ。ちょうど国道184号の「おにぎり」がある辺りを拡大する。 この、右岸側(西側)がちょっとだけ歪な形の橋。地図だとなんて事ない橋だが、一度見たら忘れられない姿をしている。 国道側から見るとこんな感じ。地理院地図が正確に橋の形をトレースしていることが分かる。 それにしても、この姿は・・・ 橋脚と橋桁は、細長く切り出した石だと思う(ただし、私

            尾道かわいい橋散歩 1

            広島県尾道市について、風光明媚な坂の町であるとか、しまなみ海道の始点であるとか、その程度の素人的認識は多くの方が持たれていると思う。かかる認識から、観光案内的な内容を少しでも期待された方は、回れ右だ。私のことだから、観光の役に立つような文章は書かないに決まっている。 これから書くのは、私のような地元民しか通らない道の傍らで川や水路と寄り添っている、「かわいい橋」に関するちょっとしたメモ書きである。 第1回は名称不明のこの橋。名称どころか竣工年も管理者も何も分からない。 所

            国道489号旧道 5 牢獄編[完]

            とうとう国道489号旧道の旅も終わりだ。 現道との立体交差をくぐって旧道の行くべき先を探る私の目の前には・・・ これが現在地から西向きで撮影した写真だ。 もはやこの位置に道の痕跡を感じることはできない。 しかし私は既に見てしまっているのだ、あの忌々しいガードレールの支柱たちを。このことが呪いとなって私の背中を押してしまう。せっかくここまで来たのだから、少しだけ・・・。 うおおおおおおお 進みやすそうな場所を見繕い藪に挑みかかった。見ての通りガードレール支柱が生えている地面

            国道489号旧道 4 調査編

            ここまで現地探索の状況をお伝えしてきたが、どうにも気になることがあるので、まずはその疑問を解決しておこう。 レポート中に何度か書いたように、ここまで見てきた旧道の路面は意外なほど新しく、よく整備された「現代の道」であった。現地探索の中で、約30年前に旧道化しているにしては違和感があると思わされることが何度もあった。 今回は、私が感じた旧道化の時期と路面状況とのズレの理由について、現地探索後に知ったことをお伝えしたい。 左の地形図は、1985年(昭和60年)発行のものである。

            国道489号旧道 3 現地探索後編

            前回最後の写真はこちら。アトリエ工房を過ぎた直後に進行方向を向いて撮影した。 この時点で明確に感じられるこれまでとの変化が2つ。まずは路面の状況、ここまでの1車線幅は落ち葉もなく綺麗に保たれてきたが、路面と落ち葉との境界が曖昧になりつつある。それから右手の竹林。竹林は初お目見えである。本当に景色がよく変わる。 そして先を見通せば、なんだか、右からの雑木の圧迫で道幅が狭くなってきてない? ここで現在地をおさらいしておく。 前回は旧道に入り、様々な施設や通行の形跡を確認しな

            国道489号旧道 2 現地探索前編

            令和4年12月某日。 上記地図で示したスタート地点から出発して峠越えを目指す。 この地点から右に折り返すように進む道は、ゴルフ場がある四熊地区に通じている現役の道なので、多くはないが車通りがある。しかし旧道方向に入っていく車は今のところ皆無だ。 進行方向には、お馴染み?「この先通り抜け出来ません」。周南市が立てた案内板なので、現在この道は市道なのかと思われるが、見えているガードレールは山口県が管理する道路の証、黄色だ。現道開通前は峠越えの唯一の道であったことも考えれば、この先

            国道489号旧道 1 山口県周南市

            国道489号は、周南市大神の国道2号線との分岐(永源山公園があるところ)を起点に、山口市旧阿東町エリアで国道9号に至る、延長44.6kmの一般国道である。 非常に大雑把に言えば、山口県南半分を南北に貫く道で、以前紹介した裸隧道は国道489号北側、佐波川ダムのダム湖である大原湖を通るあたりの道路脇にある。中国山地を縦断していくので一部に険しい区間がある(こちらのデータによると改良率=総延長に対する道路構造令に適合した部分の割合は72.4%)が、走破自体に特段の支障はない道路で

            島地川ダム、そして国道376号の帰還

            島地川ダムは、山口県周南市高瀬にある国交省管理の重力式コンクリートダムであり、私が特に好きなダムの一つだ。 昭和56年竣工。 ダムのスペックや工法の特徴についてはwikiが詳しい。 島地川ダムは、堤体上(天端)に国道376号が通っているという特徴がある。天端に道路があるパターンは多いが、国道が通っているケースはさほど多くないと思う。 道路なので標識や案内板が当然ある。今回は片側交互通行の工事案内板に注目だ。 私がいる国道376号は、平成30年大雨災害で一部路盤が流失し、島

            日本一の〇〇な橋 山口県周南市

            みなさんは日本でもっとも多い橋の名称をご存知だろうか。 私は知らない。知らないが、多分これという候補がある。 それが、「出合橋」。であいはし、出会橋などの変態形を合わせて、日本一の勢力ではないかと思っている。出合とは川が合流する場所という意味がある他、人や物の出合い(出会い)という意味に通じるので、橋の名前に用いられるのも納得しやすい。 次点でふれあい橋、蓬莱橋などが多いと思う。 今回は周南市一の井手周辺にある橋について。そのうち一つが、出合橋だ。 まずは地理院地図。中央

            回天訓練場へ続く隧道 山口県周南市

            徳山湾沖合に浮かぶ離島、大津島。 徳山港から定期船鼓海Ⅱで約20分のこの島は、戦時中に人間魚雷回天の搭乗員訓練場があった島として有名である。訓練場の遺構は、現在でも観光施設として保存され、誰でも訪ねることができる。 訓練場へ辿り着くルートは、「現在では」強引に磯歩きでもしない限り、今回紹介する隧道しかない。したがって、大津島に観光に行ったことがある人ならほぼ間違いなく通ったことのある隧道なので、このレポートに物珍しさや資料的価値はないと思う。 それでも、全国的にはまだまだマイ

            生雲隧道5 旧県道捜索編[完]

            生雲隧道へと続く旧県道の未探索区間を確かめるため、再び阿東の生雲地区にやってきた。 今回の計画は次のマップのとおり。 水色の破線が旧県道擬定ルートである。だいたいの位置だが、バツ印が前回現地で確認済みの途絶地点。 今回はP地点駐車場に車を置き、現道を通って紫点線で示した動線に従って⑦地点に向かう。ここで前回途絶地点方向の確認と、今回探索区間の偵察を行う。現道は既に何度か通っているので、⑦地点の向かい側、現県道から直接入れる場所に旧県道への入り口がないことは一応分かっている。

            生雲隧道4 旧県道捜索編

            まずは生雲隧道2で示したこのマップを思い出していただきたい。 私は現道の県道11号線から⑤地点で明らかに旧道と思われた脇道に入り、段々と細くなっていく道に沿って進んだ。そして倒木を越えた先、⑥地点にあったのが、こちらの丁字路だ。 藪を抜けて出会ったこの謎道によって、私が通ってきた旧道は旧道(?)となった。というのも、隧道と謎道と旧道(?)との位置関係からすれば、明らかに謎道を旧道の本線と考えた方が、無理のない線形である。また、舗装や道幅などの規格もこの謎道が優れている。謎

            生雲隧道3

            苦闘の末ついにたどり着いた生雲隧道西口。これぞネットで見た姿だ!会いたかったよ。 坑口前は少々草が繁っていたが、この程度では障害にならない。さあ、近くで見て感じてみよう。 扁額。右書きで「生雲隧道」とある。苔むした風合いが経てきた年月の重みを物語るが、さすがに石造りの扁額は頑丈で、そう簡単に読めなくなったりはしないのだ。ありがたい。 なお、生雲隧道のスペックについては、tunnel web様によれば、竣工1938年(昭和13年)。延長209.8m、幅員4.50mとされてい