『鵼の碑(ぬえのいしぶみ)』読了
いらしてくださって、ありがとうございます。
京極夏彦氏の「百鬼夜行シリーズ」17年ぶりの新作となる『鵼の碑』(講談社ノベルス版)。
前作までと同様、厚さ5センチになろうかというレンガ本は1キロを超える重量で、手首をぷるぷるさせながら三日かけて読み終えました。
前作『邪魅の雫』の内容や登場人物の相関関係は正直、ほとんど覚えていなかったのですが、冒頭章でおなじみのキャラクター・関口氏が登場するや、「ああ、こんな人だったよ関口さん」と懐かしく、まるで旧友に再会したような気分でした。
物語の舞台は、昭和29年の日光。
榎木津ホテルに滞在中の脚本家・久住が、「殺人の記憶を持っている」というメイドと出逢い、さらには同宿の小説家・関口にその話を打ち明けたところから物語は動きだします。
前作同様「巻き込まれ体質」の関口は、まんまと久住の抱える懊悩に引きずられ、なし崩し的に件のメイドを訪ねていく羽目に陥るのです。
一方、東京神保町の薔薇十字探偵社には、ある男を探して欲しいという女が訪れ、また、東京中野の軍鶏鍋屋では、麻布署の刑事・木場が、かつての同僚たちと酒を酌み交わし、昔話に花を咲かせているのですが……。
本作の登場人物は30名を超えており、ページ数も800枚超(原稿用紙換算で3400枚超!)という大長編。
蛇・虎・狸・猨・鵺の各章が、さらにそれぞれ6章立てとなっており、各章の一話ごとが交互に展開されていく仕掛けになっています。
ゆえに、前半はそれぞれの場所で、幾人もの登場人物が行動するため、「あれ、この人はどこの誰だっけ?」と少々混乱もいたしました。
ところが、中盤までですべての登場人物が出揃うと、そこから先は、読み進むごとに「そういうことか!」と、これまで描かれてきた事象や人物が、パズルのピースがはまっていくように噛み合いだして、ページをめくるごとに「おお!」「これはあの人か!」と驚きと納得の連続。一度も倦むことなくラストまでたどり着けました。
このシリーズ、毎度の感慨ではありますが、正直、中禅寺と関口の言っていることは8割がた理解できず、榎木津にいたっては、ほぼ何を言っているのかわからない状態なのですけれど、それでもその、わけのわからない会話の中に、かすかに次の展開へのヒントが混じっている、その塩梅が、今回も絶妙でありました。
殺人の記憶、失踪者、燃える碑、消えた死体、光る猿……てんでバラバラの各所の各人が、ひとつのうねりとなっていく、その物語の紡ぎ方は、やはりさすがと申し上げるほかなく。
そして、30名余の登場人物の描き分けがまた楽しい。中禅寺の辛辣な舌鋒、榎木津の破壊力、木場の武骨、関口のもぞもぞ……。彼らにまた逢えたことをうれしく思いながら読み進めていました。
生きている間にシリーズ新作が読めたよろこびを噛みしめつつ、普通の厚さの文庫本だと8冊分にもなる本作は、読了の達成感も半端なかったです。
本書の帯には、次作予定『幽谷響の家』という文字もさりげなく印刷されておりまして、発売がいまから待ち遠しく。
それにしても、ですね。
この百鬼夜行シリーズの分厚いレンガ本、よくぞ製本なさったことと、毎度思っておるのです。
奥付によれば、印刷所は凸版印刷株式会社さまですが、こちらはおそらく印刷するだけと思われ。
製本所が「株式会社若林製本工場」さま。
こちらの会社ホームページを拝見したところ、会社概要の御挨拶に、
「他社では難しい案件も誠心誠意対応させて頂きますので、是非一度ご相談下さい」
という代表取締役さまのお言葉がございました。
なるほどこのレンガ本、「当社にまかせろ」なのだなと微笑んでしまいました。
達成感とともに本を閉じてしみじみ思ったのは、「小説とは壮大なウソである」ということ。
壮大な虚構とわかっていながら、これだけの分厚い物語を最後まで読ませてしまう。ほんのすこしでもウソが透けてみえれば、あるいは破綻があれば、読む気が削がれるものですが、本作に一切それはなく。京極夏彦氏の、物語を紡ぐ力の偉大さにひれ伏しつつ。
物理的な読みやすさとしては、知る人ぞ知る、ページをめくる際の負担軽減のためといわれる「徹底した字組」の完璧さも素晴らしく。
講談社のノベルス版は全ページ二段組なのですが、その一段ずつすべてが、行をまたいでいないのです。つまり、上段から下段にかかる行がなく、すべてきれいな一行で完結している。それがすべての段においてなされているわけですよ。もはや狂気レベルのこの徹底した字組は、京極夏彦氏自身によるものですが、この行またぎがないこともスムーズな読みにつながっているのでしょう(ね?←)。
とにもかくにも、久々のシリーズ新刊『鵼の碑』。続編を待っていたファンにとってはとても楽しめた一冊でした。
シリーズファンの方には、懐かしい面々にまた出逢える物語でもあり、シリーズ初読みの方には、うーん、山に登るような達成感が味わえる一冊、と申しましょうか。でもやはり、主要キャラクターの関係性を知っていたほうがより楽しめるかとは思いますので、よろしければシリーズ一作目からお読みになることをオススメしたいと思います。
ようやく酷暑も一段落の気配、秋の夜長に大長編を読んでみるのもまた一興かと存じます。
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最後までお読みくださり、ありがとうございます。
井村屋さんのこしあんのあずきバーには出逢えぬまま、厳しかった夏も終わりそうですが、寒暖差による体調変化にはみなさまもお気をつけくださいね。
今日も佳き日となりますように(´ー`)ノ
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