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昭和の女、ヤンマースタジアムで平成にカチコミをかける


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HEISEI NO OWARI


約200年振りの天皇陛下の生前退位により、平成から令和に改元されて早3ヶ月経った。様々な人が新元号を勝手に予想し、ああでもないこうでもないと自由に議論をしていたのも今では懐かしい。

かく言うわたしは、いちサッカーファンとして冨安堂安を推していたが、残念ながらその願いは届かなかった。

新元号が発表された後も、レイワのアクセントをどこに置くかで意見が分かれていた。サッカーファン向けに例を挙げると、レノファと同じ頭高のアクセントなのか、浦和と同じ平板なのかといったところだろうか。内閣府によると、結局のところアクセントに決まりはないらしいが……。

また、新元号発表時の額縁を持った菅官房長官の画像もたくさんコラージュされた。文字の部分を変えてみたり、はたまた額縁そのものを別の何かに差し替えたり。

わたしもブームに乗って自分の愛猫で菅官房長官ごっこをしてみたが、とにかく重かった。

しかし、このようにみんなが自由に議論をし、お祭りムードで改元を迎えられたのは、国民が喪に服した状態ではなかったことが大きいように思う。

4月30日と5月1日では、自分の生活が何か大きく変わるわけではない。それでもなぜかワクワクする。何か新しいことを始めてみたくなる。まるで正月だ。

背筋をピンの伸ばして、いつもより大きな歩幅で歩き出したくなったのだ。


開戦の狼煙


人々の生活にも令和の響きが違和感なく馴染み始めた頃、Twitterのサッカークラスタの間でとあるブームが起こっていた。

セレッソ大阪のサポーターである4人の若い女性が、ゴール裏でブルーノ・メンデス選手のチャントを楽しそうに歌っている動画を載せたのである。

この動画は一気に話題となり、他のチームのサポーターや選手、Jリーグ公式のアカウントにもリーチし、普段サッカーを見ない層にまで拡がっていった。耳に残るメロディを思わず口にしてしまう人、自分の応援するクラブでオマージュする人まで現れ、ついにはニュース記事にまでなった。

その約1週間後のことだった。

いつものようにホームでベガルタ仙台の試合を観たわたしは、帰りの新幹線の中でTwitterを開き、たくさんのリプライが来ていたことに気付いた。

「ノリノリで踊ってましたね!」

「めちゃくちゃ笑いました!」

身に覚えのない文字が並び、頭にどんどん疑問符が湧いてくる。

いつも通りに声を出し、いつも通りに跳ねた90分だ。

ルーティーンと言うより他ない90分だった。

何がそんなにおかしいのか?

リプライを追っていくと、数名の方がその疑問を解消する動画を貼ってくれていた。

この日(北海道コンサドーレ札幌戦)、ハーフタイムのライブゲストとして、仙台出身のアーティストMONKEY MAJIKが来場していた。そこで披露した曲『ウマーベラス』に合わせて、わたしが踊っているところをDAZNのカメラに抜かれていたのである。

当然このときDAZNに映っていることは知らないし、目立ちたくて踊っていたわけでもない。強いて言えば、手前に映っている白い帽子を被った小学生の女の子を笑わせるために、わたしは必死な形相で踊っていたのである。

ダサい

はっきり言ってダサい以外の言葉が浮かばない

踊っている本人としては、もっとキレがあってかっこいい仕上がりになっていると思っていた。いや、実際キレがないわけではないと思う。

なのに、なぜかとにかくダサい。

その得も言われぬダサさを表現した言葉が、前述のキラキラしたセレ女との対比で昭和という自虐になった。すると、今度はこの対比を面白がって一つの動画にまとめる人が現れた。

ダサさの表現を昭和としたことによって、平成vs昭和というやたら大げさなタイトルのバトルが生まれてしまったのである。

「昭和の人頑張って!」

「昭和の人面白い!」

「昭和の人好きです!」

なんだかよく分からないが、わたしを絶賛・応援するリプライが止まらない。

わたしは長年かけて、美しすぎるフーリガン(他称)やビールの人(自称)などの肩書きやイメージを作り上げてきた。それがたったの数日で、昭和の人に上書きされたのである。

確かにわたしは昭和生まれだ。しかし、よくよく考えてみると、昭和60年生まれのわたしが生きた昭和時代は3年ほどしかない。

物心ついた頃には平成だった。当然わたしの記憶は平成から始まっている。そう、実質平成の人なのだ。

そんなわたしに64年間の昭和史の重みがのしかかる。

第二次世界大戦があった。

オイルショックもあった。

ロッキード事件もなんとなく聞いたことがある。

歴史の授業をほとんど寝て過ごしたわたしに、昭和の出来事を語れるだけの知識もない。そんなわたしが昭和の人を名乗っていいのだろうか。

わたしの心はフラワーロックのようにゆらゆらと揺れていた。


いざ、出陣


昭和の人と呼ばれ始めて約3週間。

「昭和の人頑張って!」

あの日以降定期的に送られるエールに、もう違和感はない。わたしはすっかり昭和の人として戦う意志を固めていた。

『ALWAYS 三丁目の夕日』に懐かしさを覚えたのは、わたしが昭和の人だからに違いない。松山千春さだまさしが沁みるのも、昭和の人だからだろう。

わたしは昭和生まれの昭和の人として、昭和のたった半分の長さで幕を下ろした平成にぎゃふんと言わせてやるのだ。


そして迎えた7月20日(土)セレッソ大阪vsベガルタ仙台。

平成vs昭和の代理戦争が始まる。

決戦の地ヤンマースタジアム長居は非常に蒸し暑かった。晴れ間は見えないものの、梅雨独特の湿った空気が体力も気力も容赦なく奪っていく。ただの観客でさえこうなのだから、90分間走り続ける選手たちには本当に頭が上がらない。

歩くのも億劫になるくらいの気候だったが、腹が減っては戦はできない。わたしは渋々スタグルの長い列に並んだ。

大阪と言えばたこ焼きだ。

我ながら安直な発想だが、美味しいものは美味しい。定番のソース味と、さっぱりとしたゆずポン酢味で変化球を加える。空腹とようやくありつけた感動、そして言うまでもなく冷えたビールが、一見何の変哲もないたこ焼きの価値を何倍にもしてくれた。

すると、わたしを見かけたセレッソサポーターさんが、わざわざビールの差し入れを持ってきてくれた。すっかり昭和の人になったわたしであったが、ビールの人のイメージもギリギリで保っていたようだ。

平成軍(セレサポ)からの差し入れを受け取るのは忍びなかったが、背に腹は変えられない。ありがたくセレッソのスポンサーであるシンハービールをいただいた。

東南アジアのビールは日本に比べると味が薄い。よく言えばスッキリ、悪く言えば淡白なのだが、蒸し暑い気候の中ではこの薄さがむしろちょうどいい。この日の天気にはシンハーが実にぴったりだった。

結論から言うと、試合は0-0のスコアレスドローに終わった。

ここまでのアウェイ9戦を1勝8敗で終えたベガルタにとって、今季初めての引き分けだった。アウェイでの引き分けという結果は及第点と捉える人が多いだろうが、わたしもこの結果には満足していた。

特に守備面での安定は目を見張るものがあった。前節は怪我の影響でベンチ外となったシマオ・マテ選手は、1対1の強さだけでなく最終ラインを統率するキャプテンシーを発揮。また、シュミット・ダニエル選手の海外移籍に伴い加入したヤクブ・スウォビィク選手も、デビュー戦ながら非常に落ち着いていた。

サポーターにとっても体力的にかなり厳しい試合となったが、選手たちの晴れやかな表情で疲労感が少し和らいだ気がした。

また、試合後に昨年までベガルタに所属していた奥埜博亮選手がベガルタサポーターのところへ挨拶に来てくれた。

試合内容やチーム事情によって、挨拶自体がなかったり、あったとしてももっと遠いところまでしか来られない場合もある。そんな中、サポーターの目の前まで来てくれて、丁寧に時間をかけて挨拶をしてくれたことは本当に嬉しかった。

しかし、ここまで書いていて気付いたが、結局のところわたしはいつも通りベガルタのサポーターとしてベガルタを応援していた。昭和とか平成とか、そんなものは試合中に一瞬も考えていない。目の前の試合に必死だった。

確かにセレッソサポーターが歌うブルーノ・メンデス選手のチャントには思わず耳を傾けたが、そんなときでも昭和がどうなどとは思いつきもしなかった。セレッソvsベガルタはセレッソvsベガルタ以外の何物でもなく、代理戦争なんてものはこじつけだった。

わたしはあの動画にかこつけてブームに乗りたかっただけだ。

ブルーノ・メンデスチャントに一枚噛みたかっただけなのだ。

そもそも、平成と昭和が戦ったところで、残るのは令和という現実でしかない。昭和はとうの昔に終わったが、平成だって終わったのだ。

平成の名を冠した某アイドルグループが、「昭和でShowは無理!」と歌っていた。彼らはこれからどうするのだろう。そんなことをまだ蒸し暑さの残る長居公園で他人事のように考えていた。


昭和が息づく街・大阪


とは言え、ここまで昭和の人としてやってきてしまったので、最後まで昭和ネタを貫きたい。わたしは今回の大阪遠征を昭和を探す旅と銘打って、とことん昭和に浸ることにした。


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