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短編

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課題なり趣味なりで書いた短編小説
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ソフトクリーム

ソフトクリーム

 水泳教室の後は、ソフトクリームを買ってもらえる約束だった。敷地内の喫茶店で、濡れた髪をタオルで巻いて、カップに入ったソフトクリームを食べるのだ。まだ水の中にいるような重い身体に、冷たい甘さが沁みて心地が良い。
 本当はコーンのソフトクリームを食べたかったのだけれど、それは許してもらえなかった。中学生の男の子たちが舐めるコーンのソフトクリームは、私のそれよりもうんとおいしそうに見えた。窓から射す夕

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ふたり

ふたり

 旅に出るには、この鞄に詰められるだけの大切なものを選ぶ必要があった。
 しばらく帰ってこないと決めたのなら、この部屋のすべてを捨てるつもりでなくてはいけない。少し考えて、三日分の下着とTシャツだけ丁寧に入れてそれきりにした。
 部屋に残したものの行方は、これからの私には知る必要もないことだった。捨てられるのならそれで良かったけれど、私の荷物を捨てる春子おばさんの姿はどうしても想像できなかった。

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青い星

青い星

ある星にひとつ、木の実が埋められた。
木の実は、土のなかで成長した。
実から芽を出し、茎になり、枝になり、幹になり、葉をつけた。
これが僕。僕は木である。

まわりにはなんにもなくて、
ただ、宙と大地だけが広がっている。
宙は、明るさとぬくもりを与え、
大地は、やさしい母のようにいつだってそこにいる。
愛はちょうど僕の頭のてっぺんと足の先にあった。
僕は、愛を抱く、平和な木である。

冷たい風が吹

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空を抱える

空を抱える

 水面に映る街並み、浮かぶ船、古い建物に囲まれた路地、石畳の道。とうとうやってきたのだ、と歩く足取りに意識を向けます。一歩が軽くて重かった。軽い体は、ふわふわ浮かぶように簡単に動けるはずなのに、必死に足をまわしても少しも進みません。
 通り過ぎる人々は私にちっとも目を向けないで、ブーツの高いヒールを鳴らしています。わたしは、道のまんなかで空を見上げました。高い建物の向こう側、もっと高い空は薄い水色

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