あさひ / Asahi

日々と私を許すための文学。

あさひ / Asahi

日々と私を許すための文学。

マガジン

最近の記事

またたき・ひつじ

またたき おふろにしずんだのなら なあんにもみえない くぐもった音と やわらかい水に ひたされている すきまから 溶け出て 滲んで もういちど うけいれる 目をつむっているあいだ ほかのすべては 存在しているのか わからない うまれたて みたいなわたし まどは額縁のようにしんとして むこうがわにちらばった好奇心は 期待にみちた顔で こちらをのぞいている 胸がずきずきして あさくなる 朝 ねむったら まっさらになった おなじだけの おなじ 朝 少年の纏う ひかりの

    • ざらざら、ゆらゆら

       揺れる影が光っている。午前中は、部屋いっぱいにおひさまが届くから、私の家は森になるのだ。大きな木漏れ日が床にこぼれて、その上で犬が微睡んでいる。  ソファに寝転んで、その様子を眺めていた。もう冬だけれど、春のような陽射しだった。犬の目は開いたり閉じたりしていて、意識はゆらゆらとしている。私は、できるだけこの空気を揺らがせないように、静かに、息をひそめていた。  私の体温は39度あって、身体は、地球の内側まで沈んでしまいそうなくらい、おもくて、あつくて、でもすこしだけ心地よか

      • ソフトクリーム

         水泳教室の後は、ソフトクリームを買ってもらえる約束だった。敷地内の喫茶店で、濡れた髪をタオルで巻いて、カップに入ったソフトクリームを食べるのだ。まだ水の中にいるような重い身体に、冷たい甘さが沁みて心地が良い。  本当はコーンのソフトクリームを食べたかったのだけれど、それは許してもらえなかった。中学生の男の子たちが舐めるコーンのソフトクリームは、私のそれよりもうんとおいしそうに見えた。窓から射す夕日で、コーンに垂れたバニラがひかる。白くて、冷たくて、甘そうだった。  コーン

        • 「ノルウェイの森」村上春樹

          男と女があるく湿原を、どうにも知っていた。 私は、ふたりのうしろを歩いている。数メートルうしろを、しずかに、気が付かれないように、ゆっくりと歩いている。心地好い、夢のなか。  こんな記憶があった。  「ノルウェイの森」冒頭、僕の記憶。私はいつのまに、僕と直子を見つめる視点を手に入れていて、その景色を覚えていた。  幼い頃に読んだことがあったのだと思う。あまり理解できないまま冒頭だけ読んで、すぐに閉じて、そのまま忘れていたのだと思うのに、私の中には、その記憶だけ鮮明

        またたき・ひつじ

        マガジン

        • 詩 なのかもしれない
          1本
        • 短編
          4本
        • 日々と私
          4本
        • 読書のあしあと
          1本

        記事

          鼓動が重なる

           たいせつなことは、息を吸って吐いてを繰り返すこと。そのために、ご飯を食べて、眠ること。わたしたちはこれだけで生きていけるのだからなにも難しいことはないのだけれど、ことごとに気を揉み、焦り、たいせつな呼吸を乱している。   すこし前、家の裏にある森を眺めていた。  夏の目前、どの木もたんと茂っていて、風が吹くたびにざわざわと返事をする。足元では、植木鉢に芽立つ多肉植物と、その匂いを一心に嗅ぐ犬が生きている。  首を傾けて風を感じていると、左耳の奥からわたしの鼓動が聞こえた。

          鼓動が重なる

          ふたり

           旅に出るには、この鞄に詰められるだけの大切なものを選ぶ必要があった。  しばらく帰ってこないと決めたのなら、この部屋のすべてを捨てるつもりでなくてはいけない。少し考えて、三日分の下着とTシャツだけ丁寧に入れてそれきりにした。  部屋に残したものの行方は、これからの私には知る必要もないことだった。捨てられるのならそれで良かったけれど、私の荷物を捨てる春子おばさんの姿はどうしても想像できなかった。  雨が降っている。  近づいていた夏の気配がまた少し遠のいて、肌寒い朝だった。

          青い星

          ある星にひとつ、木の実が埋められた。 木の実は、土のなかで成長した。 実から芽を出し、茎になり、枝になり、幹になり、葉をつけた。 これが僕。僕は木である。 まわりにはなんにもなくて、 ただ、宙と大地だけが広がっている。 宙は、明るさとぬくもりを与え、 大地は、やさしい母のようにいつだってそこにいる。 愛はちょうど僕の頭のてっぺんと足の先にあった。 僕は、愛を抱く、平和な木である。 冷たい風が吹いた日、僕は必死に実を落とした。 寒がりな動物たちは、秋になると僕の実をおうちい

          空を抱える

           水面に映る街並み、浮かぶ船、古い建物に囲まれた路地、石畳の道。とうとうやってきたのだ、と歩く足取りに意識を向けます。一歩が軽くて重かった。軽い体は、ふわふわ浮かぶように簡単に動けるはずなのに、必死に足をまわしても少しも進みません。  通り過ぎる人々は私にちっとも目を向けないで、ブーツの高いヒールを鳴らしています。わたしは、道のまんなかで空を見上げました。高い建物の向こう側、もっと高い空は薄い水色です。  ほうきにまたがった少女が低く飛行していて、ぶつかりそうになりました。彼

          空を抱える

          揺らぐ旅人

           朝日がカーテンを透かして部屋がほんのり明るくなるとき、今日がようやく終わったと思う。眠れないわけではない。きっと目を瞑ればすぐに眠れるのだけれど、自らで今日を終わらすことがなんだか惜しい気がする。  日々が私を追いかける。なにもしていなくとも時間は過ぎて、お腹が減る。今日を正当化するために、私は眠らないで本を読む選択をする。布団の中、朝日が昇るまで。  これがだいたい十四のころ。普通の家族と、上辺の友達と、犬と、本。時々、勉強。なんにもなかった。自分のことすらまるでわかっ

          揺らぐ旅人