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揺らぐ旅人

 朝日がカーテンを透かして部屋がほんのり明るくなるとき、今日がようやく終わったと思う。眠れないわけではない。きっと目を瞑ればすぐに眠れるのだけれど、自らで今日を終わらすことがなんだか惜しい気がする。
 日々が私を追いかける。なにもしていなくとも時間は過ぎて、お腹が減る。今日を正当化するために、私は眠らないで本を読む選択をする。布団の中、朝日が昇るまで。

 これがだいたい十四のころ。普通の家族と、上辺の友達と、犬と、本。時々、勉強。なんにもなかった。自分のことすらまるでわかっていなかったのだから、本当になんにもなかった。犬と本が、そのころの私のほとんど全部。

 言葉を使える動物が、人間だけでよかった。私の犬は目で話す。言葉は使えない。私を見つめる愛しい目。名前を呼ぶと首を傾げてこちらを見る。たまらない、愛しい目。
 もしもうちの子が言葉を使えたのなら、きっと私は、あの子の愛しい目を信じられなくなってしまうのだろうから、本当に、言葉を使えなくてよかった。

 口をついて出る言葉は、どこまで信用していいのだろう。
 私は、私の話す言葉も信用できない。会話は難しい。咄嗟に伝えたいことを正しく言葉にできるほど聡くない。
「言いたいことがあるなら黙ってないですぐに言って」母に、今でも言われる。
 本当に伝えたいことがあるときこそ時間をかけて言葉を紡ぎたいのに、すぐに伝えないと、と思うほど頭の中がぐちゃぐちゃになって、もういいやと諦めてしまう。
 だから、文章を書くようになった。これが私の自然だった。時間をかけた言葉は、信用できる。

 私は、揺らがない言葉が好き。文字にして、紙にのせて、そのまま綴じてしまえば、その言葉は閉じ込められてずっと変わらない。だから本が好き。そして、なんにもない私に、私以外の揺らがない世界を与えてくれるから、物語が好き。
 本を読むことは、旅だ。あのときうまく返せなかった、母の、友だちの、先生の、そして私の、数多の言葉に対する返答を見つける、ひとり旅なのだ。

 私の大切な本棚に並ぶ精鋭たちは、今も私と旅をしている。

 七歳  角野栄子「魔女の宅急便」
 九歳  バーネット「小公女」
 十歳  吉本ばなな「TUGUMI」
 十一歳 アレックス・シアラー「13ヶ月と13週と13日と満月の夜」
 十二歳 サン=テグジュペリ「星の王子さま」
 十三歳 恩田陸「麦の海に沈む果実」
 十四歳 湊かなえ「母性」
 一五歳 辻村深月「かがみの孤城」
 十七歳 西加奈子「 i 」
 十八歳 江國香織「彼女たちの場合は」
 二十歳 村田沙耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」

 これはほんの一部。
 すぐには思い出せないような、でも、私の中のどこかで眠っている数千の物語たちへ。名前を挙げられなくてごめんね。

 本を読んで、私は私を知った。理想の私がどこかの本の中にいて、未熟な私もどこかの本の中にいた。そして、どんな私も、好きな物語を選んで歩めるのだと知った。
 いつか、私が私として生きていてよかった、と感じられるような物語をつくらなければいけない、と思う。

 最近は本を読まないで眠るようになった。自分で寝ようと決めて、目を閉じる。朝、目が覚めるとき、もう外は明るい。
 きっと、私の姿かたちを明確にした物語たちが、なにもないことを認めていいと教えてくれたから、なにもない日々と私を許せるのだ。
 今日も眠りにつく。






日本大学芸術学部文芸学科
二十歳。次の七月にまた一つ歳を重ねます。
大学の課題で、
「私と文学」をテーマにエッセイを書きました。

自分のことになると、
なぜだかいつもすごく暗いものを書いてしまいます。
今回はどうでしょう。暗いですかね。
劣等感にまみれているくせに、プライドも高い。
山月記の李徴みたいな人間だなと、つくづく思います。
最近はこれが悩み。
自分にも他人にも優しくなりたいです。


課題や、暇つぶしや、
その他もろもろで書き連ねてきた、
行き場のない短いお話をここで語ります。
興味があればぜひ。

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