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キャパシティビルディング講座2024|レポートVol.01:共感と仲間を得るためのヴィジョン・ミッションとパーパス

広石拓司さんによる第1回講座「共感を呼び、支援を引き出すためのヴィジョン・ミッション活用とファンドレイジングの手法を磨く」

東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」が開講する「キャパシティビルディング講座」は、芸術文化と社会の関係性を広い視座で捉えながら、受講生が新たな価値創造や課題解決に必要な力を多面的に磨く連続講座です。

7年目の開催となる今年度も、講座ごとにさまざまな領域で活躍するゲスト講師による6回の講座と、全回に伴走するファシリテーター/アドバイザーによる中間ディスカッションや個別相談デーなどを織り交ぜたプログラムで構成されています。公募選考の16名の受講生は、レクチャーやワークショップなどを通した対話を重ねて学び合い、自らの力で事業や活動の基盤を強化していく思考や実践を探求していきます。

2024年8月1日に行われた第1回講座では、変わりゆく社会のなかで自分の活動の意味をどのように捉え直し、伝え、仲間をつくっていけばいいのか、それらを明確にするためのヒントを講師の広石拓司(ひろいし・たくじ)さんにお話ししていただきます。


講座冒頭のオリエンテーションでは、今年度のキャパシティビルディング講座についての紹介、またファシリテーター/アドバイザーの小川智紀(おがわ・とものり)さん、若林朋子(わかばやし・ともこ)さんをはじめとした運営チームの紹介がありました。小川さん、若林さんから「リラックスしてくださいね」という言葉が受講生に投げかけられると緊張した会場の空気が柔らかくなりました。

ファシリテーター/アドバイザーの若林朋子さん(左)と小川智紀さん(右)。約半年間、受講生16名に伴走します。

若林さんは「16人のメンバーが悩みを相談したり打ち明けたりして、その力をのびのびと広げてほしい」と言い、「この空間は安心して自分のことを話せる空間です。他者の手触りを感じて違う考え方も受け止めながら、お互いの違いを認識し合ってほしい」と温かいメッセージを伝えました。

自己紹介タイムの会場全体の様子。同じ志をもった人同士、和やかな雰囲気。

その後は受講生による一人2分の自己紹介タイム。「私はどこから来て、何者で、どこへ行く(行きたいのか)」をテーマに、それぞれの活動分野や目標、受講の動機をシェアします。琵琶奏者として活動する受講生は「語りものとして、その時代の出来事を伝える役割もあった琵琶の表現の価値を社会に伝えていきたい、そのための方策を探りたい」と受講への意気込みを伝えます。また、ある受講生が公立文化施設の講座での学びを共有し「公的な資金によって運営されている場所だったから少ない経済的負担で学ぶことができた。だからこそ、社会に還元できるように“公共財”のような存在になりたい」と目標を語ると、集まった受講生も頷きながら聞き入る場面がありました。


自分の思いを言葉で伝え、仲間をつくる力

続いて第1回の講座が始まります。講師の株式会社エンパブリック代表取締役の広石拓司さんは社会課題解決型事業とビジネスをどう両立させるのか、さまざまな実践や事業の担い手への支援、コンサルティングをされています。

講師の広石拓司さん

広石さんは社会課題解決に取組む組織への支援の経験から「仲間をつくる力が大事なんじゃないか」と話します。そのためには「こういう社会があったらいいのに」というアイデアを言語化し、問いを他者と分かち合うことが大切だと言います。その時の注意点は「世の中」と「自分」を分けて考えないこと。この思考のクセはどんな領域でも起こりやすいと広石さんは指摘します。 

「例えば環境活動に取組んでいる人は地域住民を啓発対象だと思ってしまう。でも先ほど、自分を“公共財”と話した方がいたように、自分も一人の市民として課題を分かち合うという考え方を大事にしてほしいと思います」 

広石さんは、地域との関係づくりの例として、Jリーグが行っている社会連携活動「シャレン!」を挙げて説明します。

Jリーグのプロサッカーチームでは、スポーツの良さやチームの功績などのPRをすれば、皆がファンになってくれると考えられていましたが、実際は地域住民で関心をもってくれるのは一部でした。そこで、試合の日に地域住民に応援してもらうだけでなく、試合以外の日にはプロサッカーチームが地域に貢献することで双方向の関係性=パートナーシップを構築することを目指し、社会連携活動「シャレン!」が立ち上がりました。「シャレン!」では、サッカー選手が持続可能な地域づくりや住民の健康増進、環境活動に取組んでいます。

広石さんは相手との関係づくりにおいて、自分のことを伝えるだけでなく、相手への関心をもつことが重要だと強調します。ファシリテーターの若林さんも広石さんの話を展開します。

「ある企業の文化担当の方は、芸術文化関係者から送られてくる協賛依頼書は、『〇〇社御中』と企業名のところだけ変えて使い回していると想像できてしまうものがある、企業の経営理念や活動方針を調べてきてくれないと嘆いていました」

広石さんは若林さんの言葉を受けて、活動する人は自分のためだけでなく、目的・存在意義(=パーパス)とヴィジョン・ミッションを明確にして共有することがファンドレイズにつながると話します。金銭的支援を必要としているならば、他者と自分が何者なのか、何をしたいのかを共有するスキルが芸術文化関係者にも欠かせません。


パーパスの力

なかでも、「パーパス」にフォーカスした事例として、シャンプーや石鹸などの日用品を扱うグローバル企業ユニリーバ社の変革を紹介しました。ユニリーバは「サステナブルな暮らしを“あたりまえ”にする」というパーパスを掲げ、現在では、各国政府やNGOと協働して発展途上国の公衆衛生改善などに取組み、世界中の人々の共感を集めています。ですが、同社は元々このようなサステナビリティ・リーダー企業だったわけではなく、2000年代の価格競争の逆境から、パーパスを再定義し、「サステナブル・リビング・プラン」という10年計画の策定を含む様々な変革を成し遂げたといいます。

アーティストやアートの分野でも、活動の存在目的や社会における役割、実現したい未来の姿といったパーパス、ミッション、ヴィジョンの定義が仲間を集め、共感を集めるために必要です。広石さんは受講生に「まずはパーパスを書きはじめてみて、いろんな人と対話しながらその言葉を磨いてほしい」と伝えました。

「なぜ自分の活動が存在した方がいいのか(=パーパス)」、「今の社会で変えたいこと(=ミッション)」、「実現したい未来の姿(=ヴィジョン)」を考えることからスタート。

その後の質疑応答の時間では、受講生の疑問に一つずつ応答していきます。ある受講生から「共感できる企業に協賛依頼書を実際に送ってみたいと思ったが、どう動けばよいのか」と質問があると、広石さんはこう答えました。

「直球で送ってみるのもいいと思います。もし、身近に相談できる人がいるなら様々なルートを使ってみるのも大事。会いたい人、必要なお金、やりたいことは、それが本当に自分にとって不可欠なことであるなら、なりふり構わず言葉にしてください。そして相手の反応からどうしたらいいか学び続けてください」

質問を投げかける受講生の葛木 英(くずき・あきら)さん

別の受講生から「まわりの人に動いてもらう時にボランティアになってしまう。それは覚悟するしかないのでしょうか」と質問されると、広石さんは「仲間を見つけるためにもミッション、ヴィジョン、パーパスが必要」と再度強調します。

「ミッション、ヴィジョン、パーパスを分かち合い、その実現に向けて一緒に悩んでくれる仲間になれたら、『あの人の頼みなら断れない』『助けてあげたい』と思えるような属人的な関係性、つまり社会関係資本ができていきます。そのように賛同する仲間が増えていくことによって、後からお金がついてきます」

受講生からは「今日の講座で、人生が変わりそう」という発言も飛び出すなど、高揚した空気のまま前半レクチャーは終了。休憩中も同じテーブルの受講生同士が活発に交流をしたり、広石さんに個別に相談をしたりするなど、意欲的な姿が見られました。


変わりゆく社会と価値観のなかでアートの社会的役割と価値を考える

後半は二人一組になってミッション、ヴィジョン、パーパスを考えるペアワークから始まります。受講生の手元には、ペアになって対話をするインタビューシートとミッション、ヴィジョン、パーパスを書き出すためのワークシートが用意されました。まずは各人の活動のきっかけや続けたい理由を受講生同士が交互にインタビューします。

ペアインタビューを行う受講生たち。インタビュアーはインタビュイーが話すキーワードや、自分が共感した言葉をペアインタビューシートにメモします。

あるテーブルでは演劇の制作現場への問題意識を話しています。「僕自身がやっていて感じた演劇の課題は肉体的にしんどいところ。稽古は長時間拘束されるうえ、休みづらい。生活を犠牲にすることやハラスメントの原因にもなり得る過酷な状況があります。その状況を変えていきたい」とある受講生が語ると、インタビュアーも体を前のめりにして思いを受け止め、書き留めたインタビューシートを相手に手渡します。その後、各自がペアインタビューシートを参考に自分のミッション、ヴィジョン、パーパスを書き出してみます。「インタビューを受けてみて自分でも考えたことのない言葉が出てきて新鮮な気持ち」と感想を話す受講生もいました。


非営利の芸術文化におけるファンドレイジング

後半はファンドレイジングについてのレクチャー

続いてファンドレイジングのスキルを磨くためのレクチャーが始まります。「営利企業とは性質が違う非営利の芸術文化の関係者には、人がどんな時にお金を払うかを知ってほしい」と広石さんが切り出します。

例えば、湧水や水道水があるにもかかわらず、人がペットボトルの水にお金を支払うのはなぜでしょうか。「シンプルに商品として購入できるように売っているから」だと広石さんは言います。ニーズがあっても、どうお金を払えばいいかわからないものにはお金は払われません。ニーズに応じた商品として売っていることが相手に伝われば買ってもらうことができます。広石さんは「ファンドレイジングを考えるなら、まずお金を払う人やその動機に興味関心をもってほしい」と勧め、一つ問いかけました。

「『あなたの活動に共感した! 応援したいから幾ら払えばいい?』と聞かれたときに、皆さんは必要な額を答えられますか?」

ここで気をつけたいのは、芸術文化活動の直接的な活動にかかるお金だけでなく、広報や関係づくり、人事、経理、家賃など様々な基盤活動もすべて含めた時に必要な資金を明確にすることです。

また、そのためには活動を他者から見えるように記録したり公表したりするなどの事前・事後の広報も行わなければ誰にも伝えることができません。活動の目的や意図、実態、どんな人が応援しているかがわからない活動には誰もお金を払いません。一つひとつを明確にし、共有していくことが、ファンドレイジングの基盤として大切です。広石さんは前半・後半のレクチャーを通じてミッション、ヴィジョン、パーパスを対話で伝え、共感を得ていくことが、活動に仲間や資金を集めること=ファンドレイジングにもつながると語りました。 

「知らないこと」を「知っている」にする。

広石さんは講義の最後に、受講生に前向きに呼びかけます。「世の中、芸術文化に限らずお金にならなさそうなことをお金にし続けていく努力をしている人がたくさんいます。皆さんも今日から、このレクチャーで伝えたミッション、ヴィジョン、パーパスと仲間や資金を集める方法について考えていただくといいと思います」。今年度の第1回講座は計5時間の長丁場でしたが、終了後もそれぞれの話は続き、受講生同士が早くも仲間になっていく姿が印象的でした。

次回は源由理子(みなもと・ゆりこ)さんによる第2回講座「活動の意義を伝える評価軸を磨く」です。芸術文化事業の“社会的価値”を引き出す評価について考え、組織・活動強化につなげていく手法を学びます。

※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します。

講師プロフィール
広石拓司(ひろいし・たくじ)


エンパブリック代表取締役、ソーシャル・プロジェクト・プロデューサー。東京大学大学院薬学系修士課程修了。シンクタンク、NPO法人ETIC.における社会起業家育成を経て、2008年株式会社エンパブリックを創業。「思いのある誰もが動き出せ、新しい仕事を生み出せる社会」を目指し、地域・企業・行政など多様な主体の協働による社会課題解決型事業の企画・立ち上げ・担い手育成・実行支援に多数携わる。著作に「ソーシャルプロジェクトを成功に導く12ステップ」など多数。慶應義塾大学総合政策学部、立教大学経営学部などの非常勤講師も務める。Podcast「empublicの一語一歩」も配信中。
https://empublic.jp

編集協力:株式会社ボイズ
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)


事業詳細

キャパシティビルディング講座2024
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~

東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」は、東京都内で活動するアーティストやあらゆる芸術文化の担い手の持続的な活動を支援し、新たな活動につなげるプラットフォームです。オンラインを中心に、専門家等と連携しながら、お悩みや困りごとに対応する「相談窓口」、活動に役立つ情報をお届けする「情報提供」、活動に必要な知識やスキルを提供する「スクール」の3つの機能で総合的にサポートします。


アーツカウンシル東京

世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。