見出し画像

【創作】お店の個室で【スナップショット】


 
 
今何時?
 
だいたい21時
 
もう二時間もこうやって待っているのか
 
お代わりしたグラスの氷も
全部溶けちゃったよ
SNSも見飽きた
もっとこう、面白い話はないの?
 
今の我々以上に面白い話はないよ
 
面白いかもしれないけど
笑えない
 
彼女が来れば
まあ変わるさ
 
来ると思う?
 
分からない
 
私は来ない気がする
あの子は臆病だから
だから今日も
メッセージは既読にならない
連絡すらできない
 
臆病で自分の責任になることから
すぐ逃げる
 
それでいて逃げたことを
卑怯と思わせないで
何の裏表もなく
こちらに心から感謝してくれるから
余計たちが悪い
 
そうやって
何度逃げても許してしまう
あの笑顔を見たら
許してしまう
 
そうやって何度も許し続けて
この有り様だよ
すさまじく頭が悪くて
滑稽な私たち
 
僕がいけなかったのかもしれない
いい加減にどちらか決めるように
と彼女に決断を迫るのは
得策じゃなかった
一時の怒りに身を任せてしまった
 
でも、私もそれに賛成したよ
きっと間違っていない
彼女を二人で共有し続けるなんて
状況は続けられない
いや、私たち二人が
彼女に共有されていたのか
よく分からないな
もう、こういう状況が変われば
何でもいい
 
あるいは彼女は来なくて
誰か違う男か女、
我々が知らない存在がいて
その人と駆け落ちのように
逃げているのかもしれない
 
私たちは実は二番手以下だった
 
それの方が
遥かにましだ
 
この宙吊りの状況よりもずっとまし
でも彼女が来れば
こんな状況も終わる
 
きっと来ないんだろう
もう来ない方がいいんだ
 
あるいは彼女が何か
いや、この話は止めましょう
 
いや、想像したっていいさ
我々にとってもう
彼女は死んだような存在じゃないか
今日来なければ、
彼女は僕の中で死んでいる
 
苦しみだけ残して
 
消えない幻になって
きっと後悔し続ける
 
じゃあ死んでいないじゃない
 
そうだよ
ああ、認めるよ
忘れられない
忘れられるわけがないだろう
来ないなんて
あってほしくない
 
彼女を手に入れられなかったら
きっと一生後悔し続ける
 
それだけは確かだ
どちらかが一生後悔し続ける
 
なら、いっそもう
私たちで付き合わない?
 
どういうこと?
 
ほら、例えば同じ推しの
アイドルのファン同士が
結婚したっていう話もよく聞くじゃない?
 
僕らにとって彼女は
推しのアイドルだったか?
そんな瞬間がどこにあった?
 
一つもなかったね
 
なら、僕らが顔を突き合せたら
一層彼女のことを思い出すだろう
喜びは半分に、苦しみは倍になる
 
敵同士で結婚してはいけない
良い例ね
こんなに私たちが苦しんでいるのに
あの子はまるで
聖女のような顔をして
どこかで微笑んでいるんだ
いつかみたいに
また何時間も大幅に遅刻してきて
何の罪もない笑顔を
また私たちに向けるんだ
 
罪を感じていない人間ほど
罪深い存在はないことは
歴史が証明している
 
私たちはきっと罪深い
彼女を愛してしまったから
 
それは間違いない
 
罪深いと自覚しているから
誰か救ってくれないかな
 
我々を救ってくれる存在が
一つだけある
彼女だ
 
うん、彼女が来たら・・・
 
彼女が来たら・・・何か変わるのか?
 
多分何も変わらない
彼女は私たちどちらかなんて選べない
 
そう、最初からそのことは分かっていた
 
でも、何かが変わるかもしれないっていう
期待はある
ギャンブルをする人の気持ちが
分かった気がする
要するに
自分が何か変わるかもっていう
期待感だけが
ほんのいっとき
この生きる苦痛を
忘れさせてくれるんだ
 
いつの間にか
そんな期待感だけを求めて
生きるようになってしまった
 
なんでこんなことになったのかしら
 
気付いたときに
どちらかが手を引いていれば
良かったのは確かだ
 
で、どちらかが手を引けた?
 
無理だったろうね
我々は弱すぎた
いい加減、彼女無しで生きる準備を
しなきゃいけない
彼女と過ごして
夢の中のように
空を心地よく舞っていたんだから
そこから落ちて着地する準備が必要だ
パラシュートを開いて
地面との距離を測る
 
あるいは
もう何も考えずに地面に飛びこむ
 
それじゃ墜落だ
 
着地の瞬間なんて一瞬でしょう
 
残念だが
苦痛というものは
その一瞬の後から
長く続くものなんだ
 
それはそうね
今この時間が続いているみたいに
 
まだまだ続くよ
君が朝7時まで営業の店を選んだから
 
とことん話そうと思ったからね
まさかこうなるとは
思わなかったけど
きっと人生って
こんな風なんだろうな
何かを待ち続けていたら
苦しむだけ
自分の力で
自分の意志で何か変えなきゃ
いけないんだ
 
その通りだ
 
私は変わるよ
自分の意志で人生を変える
誰かの気まぐれに左右されない
彼女が来たら
もうあなたとは縁を切るって言って
全部変えるんだ
 
彼女が来たらね
 
うん、来たら
ああ、彼女が来なくても
夜は過ぎていくね
 
うん
夜は長いよ
 







 

(終)


※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。

※過去の「スナップショット」置き場



今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


こちらでは、文学・音楽・絵画・映画といった芸術に関するエッセイや批評、創作を、日々更新しています。過去の記事は、各マガジンからご覧いただけます。

楽しんでいただけましたら、スキ及びフォローをしていただけますと幸いです。大変励みになります。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?