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【エッセイ#22】手紙はあらゆる場所に届く -夏目漱石『こころ』の構造について


以前、谷崎潤一郎の『痴人の愛』について書いた時、日本の近代文学の中で、海が印象的な場面として『痴人の愛』と、夏目漱石の『こころ』を挙げました。


『こころ』に海が出てくるのは、冒頭と回想内にもう一つあるくらいで、印象的な場面ではあります。

しかし、この作品を読んで最も頭の中に残るのは、場所ではなく手紙です。有名なあの告白という意味だけではありません。モノとして何度も飛び交う「手紙」。
 
素晴らしいとはいえ、世間で「名作」になりすぎている感のあるこの作品ですが、基本的に『こころ』という作品の構造は単純です。それは一言で言い表せます。

大切な人の死を告げる手紙が届き、受け取った人は、その場所から旅立つ。

これだけです。これが、時と場所を変えて繰り返されます。



第1部(上)の『先生と私』で、手紙で故郷の父が重い病気であることを知らされ、死を端々で予感しながら、卒業が決まった「私」は、故郷に戻る旅に出ます。

第2部(中)の『両親と私』で、明治天皇崩御と乃木希典の自刃を、新聞という公共の「手紙」で知らされて、父は落ち込んで危篤になります。つまりは、文字通り、この世を「旅立つ」寸前になります。
 
そこへ先生からの、過去の告白、というか自殺の決心の手紙の文言を見て、「私」は、父の元を離れて旅立つ汽車に乗ります。

表面的なストーリーは、こうなっています。

つまり、紙の手紙や、広げられた新聞は、必ず「死」を告げるものであり、しかも、それを受け取った人に大小の衝撃を与え、その人がいる場所から、旅立たせる装置となっています。



『こころ』を初めて読む人に奇妙な感触をもたらすのは、教科書に載っている、あの(簡単に言えば)親友のKから抜け駆けで好きな人を奪った、若い頃の先生の罪悪感とその後のストーリーが、第3部(下)の『先生の手紙』のみだということではないでしょうか。
 
第1部は、先生と「私」が出会って、現在の先生の状態を描くから必要としても、第2部では、父親が衰弱していくのを延々と眺めるわけですから。何かその、のろのろとした時間が、薄気味悪さを感じさせます。

しかし、上述のように、それは、この物語の構造と密接に関わっています。



では、第3部の、先生の告白のパートはどうでしょうか。
 
この章の最初の方での手紙のやり取りは、死と直接のかかわりはありません。Kが医学の道に進まないことを故郷に伝える手紙、そして、彼の身の上に関する故郷とのやり取りだけです。

一見、今までの作品の構造からは何の関係もないように思えます。

まるで、先生の告白を夢中で書いていくうちに、作者が上記の手紙の構造のことなど忘れてしまったかのような感触すらあります(勿論、書いている時は構造など考えていないのでしょう)。
 
ですが、そう思っていた時に、手紙はやってきます。それは、自殺したKの机の上に置いてあった遺書でした。
 
そこにあったものは先生への非難ではありませんでした。「もっと早く死ねたのになぜ生きていたのか」という、まるで、死への誘いのような言葉。

そして、その後に目に入ってくる、襖にべっとりと迸っている血潮が、鮮烈に脳裏に刻まれます。

この死者からの「手紙」によって、先生は、奥さんと共に下宿を離れ、魂がこの世を離れてしまったかのように、漂泊することとなります。



ここに至って、ようやく読者は、なぜ手紙が必ず死を告げていたのかを実感します。第1部と第2部において手紙が不吉だったのは、Kのこの「手紙」が、奥底に存在していたからでした。
 
まるで、Kのあのどす黒い血潮が、あらゆる手紙に染み込んでしまっているかのようです。或いは、一つの呪いと言っていいかもしれません。

そのべっとりした呪いの血が、先生のみならず、先生の周囲の世界を支配し、作品全体の構造を作り上げている。それが『こころ』という小説なのかもしれません。
 
その呪いとは何なのか。勿論、答えはありません。たぶん、明治天皇や乃木希典、あるいは先生たちが生き抜いてきた時代にあった、暗い何か、としか言いようがないものなのでしょう。
 
あるいは、彼らが明治維新から、日清・日露戦争と生き延びていく中で、Kのように、生きることが出来ずに消えてしまった者たちの、亡霊のようなものなのかもしれません。

それはまた、生き残った者の中にも「殉死」や「自殺」というものを引き出してしまう、何かでもあるのでしょう。



上記のように書いてきましたが、漱石は最初から、Kの遺書をクライマックスに置こうと構想していたわけでもないように思えます。その辺の事情を漱石自身が書いた『こころ』単行本の序文は、大変興味深いです。
 
序文によると、そもそも漱石は、数種類の短編を書いて、『心』というタイトルにしようとしていました。

しかし、その中の『先生の遺書』という一編を書いていくうちに、長くなってしまい、それだけを『こころ』として発表することに決めたと書いています。
 
その『先生の遺書』も、三つのパートに分かれるので、単行本の時に分けたとのこと。元々新聞連載でしたが、その時はパート分けもありませんでした。



そう考えると、先生の遺書という最後の手紙の構想自体は、かなり最初からあったのでしょう。おそらくは、その「遺書」という形の手紙、「遺されることによって生者を旅立たせるもの」というモチーフを、最初は色々と変奏していった。
 
そして、書いていくうちに、その「手紙」の根源としての、Kの遺書と、あの「血」の場面に辿り着いた、ということではないでしょうか。

勿論、これは私の妄想ですが、創っていくうちに、段々と自分の当初の意図を超えて、作品そのものが導くかのように自律的に変化してしまう、というような感覚は、創作をしたことがある人なら、体験したことがあると思います。



漱石はかなりロジカルで奇妙な『文学論』を残している位、作品内でのモチーフやイメージの扱いや作品の構造に敏感な人でした。

そんな人の技法が円熟期を迎え、人の奥底に潜む呪いのような力を、様々なモチーフの変奏によって描き出したのが『こころ』です。
 
そこにはまた、文豪の力量をもってすら、作品を制御できなくなって、歪な形式になってしまう、強力な磁力が潜んでいます。

そして、あらゆる時、あらゆる場所に、変化して手紙という形で届くその力は、凝縮されて、『こころ』という小説となり、私たちの元にも届く。

それは、普段私たちが感じることのできない力を体感させる、最高の芸術の一つでもあるのでしょう。


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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