【創作】国境の砦にて【スナップショット】
これを食べるかね
ありがとうございます
今日は寒い日だな
ええ、風も吹くようですね
ここの仕事には慣れたかね
ええ、おそらくは
あんたはよくやっている
正直驚いているのだ
貴族のあんたが
何の不平も言わず
しっかりと働いていることに
以前にも都から来た貴族がいたが
あんたのようではなかった
想像は出来ます
ここにいるのは退屈だろう
決まった日課
砦の清掃、保全、
国境の監視、畑の水やり
向こうの国は今は友好国だが
もし攻めてきたらその時が
我々の最後の日だ
ええ
それが、ここにいることの意味でしょう
あんたは
王のお気に入りだったのではないかな
何があったのかはわからんが
立ち入ったことを聞いて
不快に思ったら許してくれ
以前に来た貴族たちは
王都の自慢をするばかりの無能だったが
あんたは自慢も不満も何も言わない
それでいてあんたには
強い力のようなものを感じる
知りたいんだ
何を?
王のもとで仕えるとはどういうことなのか
私はもうずっとこの砦で働いている
王都になど行ったことはない
王のもとでこの国を動かすということは
快感だろうか
どうでしょう
多分あなたが思うほど
輝いていることではない
それもまた一つの仕事
だが、あんたがたの仕事は
門の鍵をなおしたり
木の柵を入れ替えたりすることとは違う
そう
都での仕事で使うのは
言葉と数字
その二つで人々の暮らしを
掴むことができます
人々を表す
様々な種別の言葉と数字が積み重なり
国家という透明な建物が生まれる
王はその透明な建物を維持するために
決断を下す
私たちは方位磁針を持った
航海士のような気持ちで
言葉と数字を組み合わせて
その決断を手助けしていました
それを一日中組み立てるのだろう
どんなに楽しいことだろう
そうかもしれません
同僚と議論をしていると
無味無臭の不思議な空間に
迷い込む気がしていました
言葉と数字だけで
人々を動かす装置を創る
それが上手くいくかどうか
時折人々の生活を視察して
確かめながら試行錯誤する
でも実際にここで過ごして
何か違うことを感じています
違うこと?
人間というのは、こうやって
外から砦を作って
ひとつの家を作って守っていくことで
一生を過ごしていくものなのだと
この丘陵地帯は
緑豊かでも砂漠が近いから
砦や畑に入り込んできた砂を
常に取り除かなければいけない
日課とそれだけでへとへとになって
一日が終わってしまう
木の柵は何度も入れ替えないと
腐っていく
その通りだ
私は王のもとで国家に携わることで
何か永遠のような
強固なものを創りあげているように
錯覚していた気がします
ですが、こうやって自分の手で砦を築いて
食物を作って食べていくことが
本当に生きるということではないかと
私がしてきた仕事が無くても
人々は自分たちの力で
生活できるではないかと
そうかもしれない
だが
砦を作るにも
設計図と計画書が必要だ
やっぱりあんたのような
数字と言葉を操って王国を
組み立てる人間も
必要なんだと私は思う
そうでしょうか
視察程度じゃ
我々の暮らしなんて
体感することはできないのは当然だ
でも、それでいい
我々は日々
目の前の砂を掻き出すことに
追い詰められて精一杯で
自分以外の場所なんて
見えていないのさ
だが、人間は様々な他の人間と
繋がっていなくちゃ生きていけない
だから、追い詰められていない場所で
全体を見つめて繋がりを作る人間が必要だ
あんたの都での仕事は
そういうものだったのではないかな
ええ
おそらくそれゆえに
出来る限り公平でいなければいけない
いや全ての人の要望を
満たすことはできないから
まるで全てを超えた
立場にいるかのようにして
出来る限り多くの人を
導かなければいけない
そう、そういうことだ
ですが、そうなった時に
未来は?
未来のことなど分からない
人間は神ではない
だが、未来のことを考えて
誠実に動くことは
何よりも大切なことだ
それは信頼を与えてくれる
どういう結果になろうと
信頼は、人を助けるだろう
それはあんたがたが
我々と接する時でも
同じではないかね
ええ、そう思います
あなたはとても博識だ
なあに
歴史の本の受け売りさ
こんな辺境で暇だから
本を読むくらいしか
楽しみがないのだ
時折娘の家に行って
孫をあやすこと以外はね
娘も立派に育った
砦を作ることは
子供を育てることにも
似ていると時々思うよ
きっとそうなのでしょう
あんたは若い
そして、有能だ
そのうち王に必要とされて
王都に戻る時が来る
私が保証しよう
その時に、ここでの経験を
糧にしてくれ
ええ
ここで見聞きして
感じた全てが
国家の、多くの民の
力となるように
そんな気持ちを確かに感じています
よいことだ
(終)
※【スナップショット】では
ワンシチュエーションでの
短いダイアローグや詩を
不定期に載せていきます。
※過去の「スナップショット」置き場
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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