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リコード法

「諦めたらそこで試合終了ですよ」


かのホワイトヘアーデビル。安西光義先生のあまりにも有名なお言葉だ。
そして私が患者さんに幾度となく繰り返してきた「言の葉」。


患者さんたちに安心してもらえるように、希望があるとわかってもらえるように、自信に満ちた顔と声で話す。


そんな自信に満ちた表情の裏では「本当にこの治療法は大丈夫なんだろうか?」「治療効果が現れるのが8か月後って論文には書いてあるけど、本当に8か月後に治療効果が現れてくれるのだろうか?」と、疑心暗鬼の気持ちが渦巻いていた。


私が認知症治療を始めた15年ほど前。認知症はまだ痴呆と呼ばれていた時代である。治療なんてできるわけがないとすべての医療人が信じて疑わなかった時代だ。若い療法士さんは驚くかもしれないが、その当時の学問では、認知症患者は理学療法不適当、治療対象外とされていた。


そんな時代に、療法士が認知症に何かできないものか?と文献を読みあさっていたのだ。そうせざるを得ない状態だった。2000年に開始された介護保険により、初めこそ、病院と在宅の中間施設として機能していた介護老人保健施設だったが、ほんの数年で、認知症患者で溢れかえるようになった。認知症を何とかしないと理学療法を受けてもらうことすらできない。


「理学療法で寝たきり患者をいくら歩けるようにしても、認知症を残したままだとかえって介護量が増える!!!」


と周りのスタッフや家族から苦情が私のもとに殺到した。


その時から、私と認知症の戦いが始まった。


毎日が認知症リハビリテーションの模索だった。だって、学校でも勉強会に行っても「認知症は治らないもの」として教えているのだから、「何とか治療を」なんて考えているやつは、当時は変人以外の何物でもなかったからだ。


「どうせ無駄だ」「趣味でやってんだよ」「馬鹿じゃねーの」


と私に対する陰口や揶揄が病院内外問わず、私の周囲では、飛び交っていた。


暗中模索、五里霧中、孤立無援、四面楚歌。そんな状況の中で私は認知症リハビリテーションの精度を上げることに邁進していた。


治療法が確立されていないといっても、全くエビデンスがない事を患者さんにしてきたわけではない。


エビデンスにはエビデンスレベルと言うのがあり、エビデンスにも信頼性。というのがある。研究報告の少ない順から高い順へエビデンスレベルは上がっていく。エビデンスレベルが低い。つまり、研究論文が少ない段階の治療法でも、目の前に患者さんが来られた限りは、他に手立てがなければ、その治療方法を使うしかない。


可能性が1%でもあれば、やってみる価値はある。だって、私が何もやらなければ、目の前の患者さんはただただ、病状が重くなっていくだけなのだから。


そうやって、治療を進めていった。


そして、早期認知症であれば、改善できると確信できるだけのn数(データー数)が現場レベルでも徐々に取れ始めた。


(研究機関であれば、n数を確保するのに予算が下りたり、研究のための時間が取れたりするので、ある程度可能なのだが、現場レベルでn数を上げるのは、通常業務以外でやらないといけないため、完全に無償、ボランティア活動でやらなければならないため、遅々として進まないことが多いのである)


これはいける。そうにらんで、新しいエビデンス(医学的・科学的根拠)が出るたびに患者さんに遂行してもらった。


年数がたち、認知症リハビリテーションの精度が上がるとともに、治療効果はどんどん上がっていった。


患者さんのADL(日常生活動作)が改善していった。完全にオムツで寝たきり状態だった人が、歩いてトイレが自分でできるようになっていった。ひと月に数えられないぐらいこけていた人が、何か月も転倒しなくなった。年を重ねるごとに認知症治療の成果や精度は確実に上がっていた。


認知症症状が改善して「ありがとう」と無数の感謝の言葉を患者さんやその家族からいただいた。


しかし・・・。


いくら治療成果が表れても、エビデンスレベルが低いうちは、「もしかして偶然なのかも」「私のオーダーした治療法による改善ではなく、ただ単に家から集団に出ただけで改善したのかも」と私のオーダーした治療とは別の要因による改善なのか?と私の中で疑心暗鬼は拭い去れなかった。


また、どうにかこうにか現場レベルで患者さんを改善させても、エビデンスレベルが低いかぎりは、世間の認知症は治らないという思い込みは変わらない。また、医師以外が書く医学論文は日本では評価が低いため、エビデンスレベルとして認めてもらいにくい側面がある。


そんなこんな理由から、認知症は絶対に治らない。認知症にかかったら最後。もう終わり。という世間の見方は一向に変化しなかった。


時がたち、東北大の川島先生の脳トレ、国立長寿健康医療研究センターのデュアルタスクと徐々に認知症トレーニングの効果が立証されて来た。その時の嬉しさときたら、本当に言葉にできないほどだった。


川島先生の「脳トレ」はもう説明いらないですよね。ゲームになったあれです。


国立長寿健康医療研究センターが、立案した認知( コグニッション)と運動(エクササイズ)を合わせたコグニサイズ。


コグニサイズは、運動と認知課題(計算、しりとりなど)を組み合わせた、認知症予防を目的とした取り組みの総称を表した造語です。英語のcognition (認知) とexercise (運動) を組み合わせてcognicise(コグニサイズ)と言います。Cognitionは脳に認知的な負荷がかかるような各種の認知課題が該当し、Exerciseは各種の運動課題が該当します。運動の種類によってコグニステップ、コグニダンス、コグニウォーキング、コグニバイクなど、多様な類似語があります。コグニサイズは、これらを含んだ総称としています。
引用:国立長寿健康医療研究センター


いわゆる「デュアルタスク(英語:dual-task)(二重課題)トレーニング」ですね。医師がエビデンスを出すことによって、国も動き始めた。平成18年の認知症リハビリテーション加算の設立である。


それまで、日常生活動作訓練です!!身体的リハビリテーションです!!と嘘をついてこっそり認知症リハビリテーションをやっていたが、大手を振って「治療」と言って患者さんにできるようになった。


あっ。嘘はついてないな。「機能訓練」の名のもとにやっていたわけだから、どこのなんの「機能」かは自由ってことで(笑)


当時認知症リハビリテーションリハビリテーションは国に認めてもらっていなかったため、身体リハビリテーションと言って、やらないとお金が請求できなかったのだ。


「体を幾ら鍛えても脳が機能していなかったら体は動かない」


というしごく簡単な理屈を国は理解していなかったのだ。今もその風潮は世間に残っていますが・・・・(笑)


とはいえ、それまで趣味だと馬鹿にされていた認知症リハビリテーションの治療効果を国が認めた瞬間ですね。嬉しかったですね~。


そんなこんながあって、今回の「ブレインhQ」の発表。


前頭葉訓練、nバック課題やデュアルタスク、運動療法的なやつはすべて行ってきた。それなりの効果も得られてきた。


しかし、今回の「ブレインhQ」これは凄い。これまで、いろんな研究論文が日本でも発表されてきたが今回の発表は段違いである。

「ブレインhQ」私的にはデュアルタスク以来の衝撃だ。


「ブレインHQ」は元来アナログ君の私は手を出したくてもなかなか手が出せなかった。また、料金がかかるということで敬遠してきたが、これは面白い。


昔から、40才からタウタンパクが貯留しはじめて、長期間の無症状状態の後、症状が発症する。イメージして頂きたいのだが、コップにちょーーっとづつ溜まり始めた水があふれた時点で、認知症症状が現れるという、理論は言われていた。しかし、長期間のアクティブ治験ができない日本ではなかなか立証されなかった。


それが、アメリカで11年もの間の長期間のアクティブ治験の結果立証されたのだ。


これは凄い。


凄さがちょっとわかりずらいと思うので、説明すると。


A群の患者さんには治療を施し、B群の患者さんには治療をせず、AB群を比較するというものがアクティブ治験だ。日本でそんなことしたら、B群は見殺しか!!と烈火のごとく怒られてしまう。だから、できない。


アメリカはその辺、凄い国である。いとも簡単にそんな実験をしてしまう。
しかし、この研究結果で、認知症リハビリテーションを長年実施してきた私としては、今まで、自分が行ってきた治療法のエビデンスが一つまた一つと解明されてきて、わたしとしては自分の治療の答え合わせをしているような気持ちになる。


「やっぱり、私がやってきたことは間違っていなかったのだ」と、自信をもらえるのである。


今回の「ブレインhQ]の研究成果は、川島先生の脳トレや国立長寿健康医療研究センターのデュアルタスクに匹敵するぐらいの衝撃が走った。


「やればできるんですよ。諦めたら、そこで試合終了です」


とわたしが言い続けてきた患者さんたちに胸を張って、私は間違ってなかったといえる。


(ここで、冒頭の安西先生の言葉につながるんですね~(笑))


文句ひとつ言わず、私の非薬物療法を受けてきてくれた患者さんたちに、心から「ありがとうございます。」と言える。


私が必死にやってきた認知症リハビリテーションが一つ、また一つと解明されていく。


こうやって、認知症リハビリテーションのエビデンスレベルが上がれば、もしかしたら、もしかしたら、病院や施設・家族の都合で「寝たきり」に作りかえられてしまう人が少しでも減るかもしれない。


本当にうれしい。

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