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理想の死に方

子供の頃から死を見慣れている。幼少の頃、小児病棟で入院生活を余儀なくされていた。昨日まで一緒に遊んでいた子が今日はICU。数日後には家族が泣きながらわが子の病室を片付けていく。他の子供の親たちは、「次は我が子かもしれない」と恐怖を顔色に滲ませて、お悔やみの言葉をそっとかける。


そんな光景が毎日のように繰り広げられていた。時が流れ、私は幸いにも命をつなぎとめることができた。

何の因果か、私自身が病院に勤める事となり、毎日のように人の死と直面している。何十年と寝たきり生活を余儀なくされてきた方々からすれば、語弊を恐れずいうなれば、ある意味苦痛と苦悩から解放される瞬間。


それが死である。


「ピンシャンコロリ」が幻想となった「今」の現状である。宗教も「長生き寺」改め「ぽっくり寺」と商売の方向転換をしているほどだ。


食事が口から食べられなくなったら胃に穴をあけて胃瘻チューブで栄養満点。呼吸ができなくなったら気管切開。人工呼吸器。便が出なくなったら、人工肛門。尿管挿入で尿閉も安心。


これじゃ、長生きするわな〜。


月に何百万円も医療費を使って延命、延命。死から一番遠い国。寝たきり生活世界一の国。日本。それが世界一の長寿国の実態。


「年寄りは早く死ねと言うのか!!」とお怒りの方もござりませうが、死ぬのって意外と難しいのでご安心ください。


そんなエピソードを一つ。


94歳のお誕生日を迎えたばかりの〇〇さん。両足は全く動かず寝たきり状態を強いられて、はや6年。両目も見えず足も動かない状態で6年間施設生活を続けておられる。そんな彼女が言うには


「先生、私はずっと若いころから信心をしてきたが、こんなに何にもできなくなって、ただの厄介者になってしまって、それでもお迎えが来てくれない。やっぱり、信心がまだ足りないって事かね〜」


悲しみと落胆をないまぜにした顔で、視線を空に投げる彼女に返す言葉が見つからなかった。


「その問は今の私にはお答えする事ができません。若輩ですみません」アラフォーの私が頭を下げると、「先生でも分からんことがあるんやね〜」と、彼女は二カッ笑って、「しょうがないか」というような、あきらめを含ませた短いため息をついた。


彼女は尿道バルンを宝物のように抱きかかえ、看護師に車いすを押されて居室へと帰っていった。


信心が足りないから短命。なら、いざ知らず…

信心が足りないからお迎えが来ない。

胸に杭を打たれたような衝撃を受けた。私の2倍近く人生を生き抜いてこられた方の言葉は、重みが違うなぁ〜。


医療費を子供の頃にふんだんに使わせていただき、生きながらえた命ですが、死に時、逝き時、潮時を外さないように死ねたらいいなぁ〜と思う今日この頃です。


ピンシャンころりは幻想。ならば、その幻想にどうやって近づくことができるのか?はたまた、幻想は幻想。ツチノコ同様に幻で終わらせるのか?生きているうちにできることはないのか?


生活期リハビリテーションを生業としている私としては、模索。模索の毎日でごぜーます。


(理学療法士という、とーーってもマニアックで世間様にはあんまり知られていないお仕事を長年やっとるのでございます。そもそも「理学」ってなんやねん。って感じですよね~(笑))


何十年という寝たきり生活を送らずに、理想の死に方したいですよね~。
IPSで心筋だって作れちゃう世の中です。心臓や呼吸は止まらない。しかし、体は動かなくなる。脳細胞も委縮して何も分からなくなる。それでも長生きする。そんな時代がもう来ているのです。


今の日本では、何も手を打たなければ何百万人という単位で寝たきり長寿となります。


何とかしなければ!


ウルトラⅭの打開策を何とか早めに確立しなければ!!


私だってもうあと数十年で当事者です。寝たきりにならない方法を40代から実践。実践。実践あるのみ!!

(私は寝たきりと認知症が怖いので40才前から開始しております(笑))


40才を超えている方は、一日も早く、寝たきりにならない方法を実践することをお勧めします。


寝たきりのない社会が実現出来たらいいですよね。年々伸びる平均寿命。せっかく伸びた寿命です。どうせ長生きするのだから元気で長生きしたいじゃないですか。みんなで、健康寿命を延ばしましょう!


エイエイおー。


(。・ω・。)ゞエイ(。・ω・。)ゞエイ(`・ω・´)ノオゥ!!

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