ありのり

(株)Coreleadの有冬典子です。趣味は登山、太極拳。小説とエッセイ作品100本作…

ありのり

(株)Coreleadの有冬典子です。趣味は登山、太極拳。小説とエッセイ作品100本作成にnoteでトライ中。別途、コラム版noteもあります。よろしければどうぞ→https://note.com/arinori_column  著書『リーダーシップに出会う瞬間』JMAM出版

最近の記事

第20話 エッセイ『カーテンをしない国』

旅をしていて、驚いた。 水面に映る灯りを辿ると、明るいリビングルームが突然目に飛び込んだのだ。 運河沿いには古い煉瓦造りのアパートメントの大きな窓が並んでいるのだが、なんと、どの部屋も中が丸見えだ。しかし、彼らは何も気にせず、談笑したり、キスをしたりして団欒しているではないか。 ここはカーテンをしない国、オランダのアムステルダムだったのだ。 「隠すつもりがないと、こちらも礼儀を忘れちゃうわよね」、と心の中で言い訳し、暗い夜道から、部屋の中をこっそりと覗いた。 皆、実に美

    • 第19話 エッセイ 約束の千円

      「約束の千円、払わんとあかんな。向こうに行くのが、遅なっとるから」と父は写真に向かって呟いた。 付き合いの多い父は、家業の店を母に任せてよく出かけた。一方、母は一人で店を切り盛りし、夜は義父母の世話をした。そして、遅く帰る父を笑顔で迎えた。 やがて、義父母が他界。さらに私や弟が独立して家を出ると、家の中は急に静かになった。そのうち、ついに店も閉じた。 「静かな家に住むのは、生まれて初めてやわ」と、私が帰省するたび母が言うようになった。「お父さんは、よう飲みに出かけるしな

      • 第18話 エッセイ 4号車は予約済み

        挨拶もそこそこに、取引先を飛び出す。新幹線ホームのスタンド「きしめん住よし」に、今なら間に合う。 出発20分前ジャストに店に到着。券売機で券を買う時は、毎度、海老天きしめんと、かき揚げきしめんの2つのボタンのまえで、人差し指を揺らして迷う。 かき揚げの勝率は6割だ。今日も、かき揚げが勝った。 目の前に湯気の立つ丼が置かれると、まずはツユをそろりと含む。 出汁の香りにほっとため息をついたら、さあ麺だ。 立ち食いうどんにしては十分なコシがあり、吸い上げる時のつるつるした食感が

        • 第17話 エッセイ『死なないように生きていた』

          死なないように生きていた時期がありました。 だから、結局、死んだように生きることになりました。 おそらく、私は幸福だったのでしょう。気に入った仕事に巡り合い、家庭もそれなりに平穏。経験を積んでいい年になり、世の中にそうビクビクすることも減りました。自分が何者なのか分からず、怯えることも無くなりました。 そんな日常に感謝して、静かに眠りにつく日々でした。 しかし…、私は朽ちかけていました。 平和な日々にまどろみながら、どこか生煮えのまま腐食してく内側の気配に、人知れず苦しん

        第20話 エッセイ『カーテンをしない国』

          第15話 エッセイ 『社会人1年目、いじめに遭う』

          「出庫依頼書です」と、声をかけた。返事はなかった。 先輩達の目は、作業中の画面に集中するふりをしながら、はるか彼方の地平線に投げかけられていた。人が他者の存在を完全に否定するときの、独特の目だ。こうして、意識を遠くに飛ばしながら、地球を一周回って、私の頭を後ろから殴りつける。 いつもの衝撃を味わいながら、淡々とふるまった。今日も自分で商品の出庫手続きか、と心の中でため息をついた。  営業課に配属された新卒の私は、ほどなく、商品管理課の女性先輩達に一斉に嫌われた。理由は不明だ

          第15話 エッセイ 『社会人1年目、いじめに遭う』

          第15話 エッセイ『ペトリコールの後悔』

           ビキニの水着の上に、ワンピースのレインコートを着て、レインハットを被り、長靴で大雨の街を歩く。さぞや楽しいだろう。全身で雨音を楽しみながら、土砂降りの中を闊歩する。中は水着だから、コートの中に雨が入り込み、ずぶ濡れになっても平気だ。何ともいえぬ解放感を味わえる。私には、そんな密かな夢がある。  実はこれは、学生時代に読んだ、ある小説の主人公の若い女性の行動だ。若かった私は、自由でキュートな彼女に憧れ、何度も読み返した。  灼熱の太陽が容赦なく地面に照りつく夏の日。アスファ

          第15話 エッセイ『ペトリコールの後悔』

          第14話 エッセイ『お味噌汁フリーク』

           幼い頃、おみそ汁は、苦い食べ物だと思っていた。実家は、八丁味噌のおみそ汁だった。母の生家である魚加工の工場から、大量のいりこが送られてくる。よって、出汁は必ずいりこだった。前の晩からお鍋にいれた水にいりこを十匹ほど放り込み、翌朝煮出す。その出汁の旨味が、子どもにはわからなかった。濃い赤味噌が喉にひっかかる感触も気になり、いつもぐっと飲み干すようにして、朝食のおみそ汁を片付けていた。  社会人になり、ひとり暮らしをする頃になると、おみそ汁という献立は重宝した。苦手ないりこ出

          第14話 エッセイ『お味噌汁フリーク』

          第13話 短編小説『図書室の彼女』

           高校の図書室は、いつも人気(ひとけ)がまばらだった。図書室の扉を後ろ手に閉めて、本の森に一歩踏み入れると、外へ張り詰めていた意識のアンテナが閉じる。素の自分に戻れる気がした。友達とはしゃぎ疲れた日の放課後など、時々ひとりで足を運んだ。  その日も、図書室はがらんとしていた。受付にいるはずの図書委員も、席を外している。外では、野球部の練習の掛け声が聞こえる。  今日は貸切か、と思ったら、窓のそばに誰かいた。元気なあの子だ。毎朝、無邪気に「のんたん、おはよう!」と抱きついてく

          第13話 短編小説『図書室の彼女』

          第12話 エッセイ『沈丁花のファンファーレ』

          「金木犀は高く香り、沈丁花は低く香る」 ある本に出てきた言葉である。小さなラッパのような形の花が、ブーケ状になって咲く沈丁花。好きな花の一つであるため、この一文が印象に残った。 確かに、金木犀は小高木樹であり、沈丁花は低木樹である。香りと出会う位置が違うということか、と、その視点にハッとした。秋に、青く高い空を見上げたとき、ふと金木犀の香りに気づく。また、春めいた日に、足元の小さな若葉が目に入り下を向くと、沈丁花の香りと出会う。そんなイメージが膨らんだ。素敵な表現だなと思

          第12話 エッセイ『沈丁花のファンファーレ』

          第11話 エッセイ『祖母のあじめし』

          「わ、わ、わし、い、いつ死ぬかわからへんでな」 吃り癖のある祖母は、皿を差し出しながら、ニカっと笑って言った。 おにぎりがいくつか乗っていた。 「あ、あ、あじめし炊いたぞ。ほれ、焦げのおにぎりや」 あじめしとは、炊き込みご飯のことだ。 ガス釜で炊くので、あじめしでもお米はつやつやと立った。 祖母は釜の焦げを集めておにぎりを握り、私や弟に出してくれた。 祖母の作るあじめしは、味が濃くて実に美味しい。 焦げの部分はこんがりと醤油が照り付き、頬張ると、口いっぱいにふくよかな香ばし

          第11話 エッセイ『祖母のあじめし』

          第10話 エッセイ 『葉山のそわそわ』

          町にそわそわした空気が流れ始めた。 昼間よく晴れた日に、夕刻を知らせるチャイムが、町に鳴り響いたときだ。 窓から空を見ようとすると、通りを挟んだ家の住人が、ベランダに出てきた。 私と同じように、西の空を確認している。 空には、ごくごく薄く雲が張っているだけだ。住人は、すぐに部屋の中に戻った。 出かけるのだろう。 私も急いでスマホと鍵をポケットに突っ込み、マンションの玄関ドアを開けた。 同じタイミングで隣の部屋の玄関ドアが開いた。隣人夫婦が、愛犬を連れて外へ出かけるところだっ

          第10話 エッセイ 『葉山のそわそわ』

          第9話 短編小説『蠱惑の森』

          気がつくと、森の外にいた。 森の外に走る小道に立っていた。空気はカラリと軽く澄んでいた。 先ほどまでいた森で吸い込んだ息を、小道でふうっと吐き出した。 わたしの中に、森は無くなった。 目の前森は、相変わらず、湿り、揺れ、鳥がざわめき、実が熟れている。 その森から、外へ出てしまった。 出て、しまったのだ。 わたしは戸惑い、同時にほっとした。 爽やかな小道に立ち、森をじっと見つめた。 澄んだ小道と森の間は、明らかに、ずれていた。 もう2度と、ここには足を踏み入れることが出来

          第9話 短編小説『蠱惑の森』

          第8話 短編小説『かすみとくすぶりの中のまり子』

          自分の人生、自分で責任を取りたいの」 まり子はまっすぐな視点を母に投げてそう伝えた。 老いた母親は、きょとんとした顔でまり子を見つめた。 まり子の母は、明るくて世話好きで気立てがよかった。 子どものころ、うちに友達が遊びに来るとなると、手作りのケーキやババロアなどをふるまったり、帰りには小さなお土産をもたせて、その子の自宅まで車で送ってあげたりと、実に親切に接する。 風吹ジュンに似た顔立ちも愛らしく、友人からの評判は高かった。 「まりちゃんのお母さんって、美人だし優し

          第8話 短編小説『かすみとくすぶりの中のまり子』

          第7話 短編小説『はじめは早く、徐々にゆっくり読む小説』

          (まずは、内容に集中しながら思い切り速く読む) 飛び込みで取引先を獲得する完全歩合制の営業職と聞くとそのヘビーさが想像できるでしょう。 私はかつてそんな職業をあえて選び猛烈に仕事をこなしていたころがありました。あの頃は、厳しい仕事でチカラを付けて「何者か」になりようやく豊かな人生は手にできるものだと本気で思い込み朝から深夜まで頭の中は営業戦略と数字で溢れかえり大量に発生する書類とメールの処理や会議のための準備に加え顧客からの依頼が降ってくるのを瞬時に優先順位をつけて高速で片

          第7話 短編小説『はじめは早く、徐々にゆっくり読む小説』

          第6話 短編小説『気に食わないあの女上司』

          ふーんだ。 新しく異動してきたあの女上司、嫌な感じっていうか…まあ、なんか好きじゃないのよね。 最初見たときから、私の中ではアウト。 ぜーったい、私とは合わないタイプの女。ふん。 なんか表情が硬いし、いっつも真顔なのよね。 なまじ目鼻立ちは悪くないから、能面みたい。 きっと、自分は何でもできます、 自分が一番正しいですって思って生きてきているようなタイプね。 確か…40代半ばとか言ってたっけ。 私も20年経つとあんな怖い顔になったりするのかなあ… あー、いやだいやだ。ふ

          第6話 短編小説『気に食わないあの女上司』

          第5話 短編小説 『新入社員の色男 ジゴロ君』

          確かに彼は、研修会場にいる新入社員の男の子の中では整った顔立ちをしていた。 今どきの若い男の子らしく少し眉を整えており、ラグビーでもしていたかのような体格の良さを持ち、背も高かった。 高卒・大卒の男女が混じった30名ほどが参加する新入社員研修で、彼は高卒だったが、隣の席の大卒男子よりずっと落ち着いた大人びたムードを持っていた。 「では、本年度の新入社員研修を始めます」 少々尖った声で研修のスタートを切った。私はいろんな企業に呼ばれて指導を行うフリーランスのマナー研修講師だ

          第5話 短編小説 『新入社員の色男 ジゴロ君』