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第20話 エッセイ『カーテンをしない国』

旅をしていて、驚いた。
水面に映る灯りを辿ると、明るいリビングルームが突然目に飛び込んだのだ。

運河沿いには古い煉瓦造りのアパートメントの大きな窓が並んでいるのだが、なんと、どの部屋も中が丸見えだ。しかし、彼らは何も気にせず、談笑したり、キスをしたりして団欒しているではないか。
ここはカーテンをしない国、オランダのアムステルダムだったのだ。

「隠すつもりがないと、こちらも礼儀を忘れちゃうわよね」、と心の中で言い訳し、暗い夜道から、部屋の中をこっそりと覗いた。

皆、実に美しく部屋の中を飾りつけている。
この時期、大きくて豪奢なクリスマスツリーが部屋の主役だ。シャンデリアや、間接照明の光は、ウィリアム・モリス柄を施した緋色や青藍色の壁に美しい陰影を演出している。壁の絵画は美しく部屋に映え、大きな花で装飾された食卓には、キャンドルがいくつも揺れている。

全ての部屋がこの調子だ。見られる意識が感性を育てるのか、この国では、誰もが高いインテリアセンスを備えているようだ。
私はうっとりと窓を眺め続けた。


帰国後、奮発してウエッジウッドの刺繍のクロスを買った。
壁に絵を飾った。
観葉植物に、下から懐中電灯を当て壁に影を作ってみた。

…ふん。ちっとも垢抜けない。あのロマンチックさなど微塵もないわ。
ため息をつき、夕食の膳立てに入った。

日が暮れかけている。ウエッジウッドの上に並べたおでん鍋と茶碗が、窓に映る。


私はそっと、カーテンを閉めた。

fin

600文字エッセイシリーズ テーマ:カーテン

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