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第10話 エッセイ 『葉山のそわそわ』

町にそわそわした空気が流れ始めた。
昼間よく晴れた日に、夕刻を知らせるチャイムが、町に鳴り響いたときだ。

窓から空を見ようとすると、通りを挟んだ家の住人が、ベランダに出てきた。
私と同じように、西の空を確認している。
空には、ごくごく薄く雲が張っているだけだ。住人は、すぐに部屋の中に戻った。
出かけるのだろう。
私も急いでスマホと鍵をポケットに突っ込み、マンションの玄関ドアを開けた。
同じタイミングで隣の部屋の玄関ドアが開いた。隣人夫婦が、愛犬を連れて外へ出かけるところだった。

「夕日ですか?うちもです」
「うふふ、ですよねえ。今日は薄雲が夕日に焼けて、きっと綺麗でしょうね」。

連れ立って、徒歩5分の海へ向かう。通りには、同じく近所の人たちが、続々と海へ向かって歩いている。皆、ほんの少し早足だ。
町は、そわそわから、いそいそ、に変わった。
この町の、この瞬間が好きだ。

葉山町で見る海に沈む夕日は美しい。
カフェや美容院では、人々が過日の美しい夕日が話題になる。年に2回、ダイヤモンド富士が見られる時期は、何日も前からSNSが賑やかだ。夏は海辺に屋台で、焼きそばや唐揚げなどを買い込み、海辺で夕日を愛ながら夕食を楽しむ家族がいる。
 町民たちは、海と空と雲をオレンジ色に染め、富士山のシルエットを濃くしながら、海に日が落ちるあの瞬間をこよなく愛している。

今日も昼間はよく晴れた。
間も無く、町がそわそわし始める。

(600字でまとめる短文エッセイ テーマ『私の町』)




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