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第18話 エッセイ 4号車は予約済み

挨拶もそこそこに、取引先を飛び出す。新幹線ホームのスタンド「きしめん住よし」に、今なら間に合う。

出発20分前ジャストに店に到着。券売機で券を買う時は、毎度、海老天きしめんと、かき揚げきしめんの2つのボタンのまえで、人差し指を揺らして迷う。
かき揚げの勝率は6割だ。今日も、かき揚げが勝った。

目の前に湯気の立つ丼が置かれると、まずはツユをそろりと含む。
出汁の香りにほっとため息をついたら、さあ麺だ。
立ち食いうどんにしては十分なコシがあり、吸い上げる時のつるつるした食感が気に入っている。
次に、箸でほぐしたかき揚げを口へ運んで、噛み締める。口じゅうに広がる油の香ばしさと、ツユがしみた衣が実に美味しい。

私が初めてここに入ったのは、まだ20代後半のことだ。
上司に連れられ入ったのだが、娘気質が残る当時、「立ち食い」は小さな背徳感が生じた。
女性の食事作法にしては、少々ワイルドすぎる気がしたのだ。しかも、ただの立ち食いじゃない。駅ホームの立ち食いだ。
仕事の隙間に麺をかっ食う男性の中で食べていると、小心者な小娘から、男性と対等に働く粋なビジネスウーマンになれたような気がした。
冒険気分と背伸び感が加わり、きしめんはさらに美味しく感じた。

それが今や、カウンターに仁王立ちで麺を堪能している。
知らない若い女性がちんまり麺を喰む姿が目に入り、なんとも微笑ましい。

店を出ると同時に、新幹線が到着する。
もちろん、きしめん屋の真横に止まる4号車を予約済み。
温まったお腹をさすって、大満足で乗り込むのだった。

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