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第15話 エッセイ 『社会人1年目、いじめに遭う』

「出庫依頼書です」と、声をかけた。返事はなかった。
先輩達の目は、作業中の画面に集中するふりをしながら、はるか彼方の地平線に投げかけられていた。人が他者の存在を完全に否定するときの、独特の目だ。こうして、意識を遠くに飛ばしながら、地球を一周回って、私の頭を後ろから殴りつける。
いつもの衝撃を味わいながら、淡々とふるまった。今日も自分で商品の出庫手続きか、と心の中でため息をついた。

 営業課に配属された新卒の私は、ほどなく、商品管理課の女性先輩達に一斉に嫌われた。理由は不明だが、恐らく「鼻についた」というやつだろう。
初の女性営業ということで、上司や役員からちやほやと声がかかった。まるで先生にエコ贔屓される優等生だ。そして、私は媚びることがひどく下手だ。猫撫で声など出せない。梟のように低く、説得力のある声だ。可愛くない。事務服ではなく、パリっとしたスーツで社内を闊歩する。目障りだ。いやに姿勢もいい。偉そうだ。なんとかしようと、慣れぬ低姿勢を試みたが、火に油を注ぐどころか、石油タンクごと突っ込むことになった。お手上げだ、と思った。

それからは、無視をされようが、聞こえよがしに影口を叩かれようが、平静を装った。先輩方には、礼節をわきまえた振る舞いを一方的に貫いた。それ以外、何ができるというのだ。何をしても、揚げ足をとられるのだから。そんな社内のいざこざより、売り上げを作ることの方が、私には大問題だった。この会社で営業力をつけて、いずれ独立をする。それが私の入社の目的だった。雑音をスルーし、私は自分の北極星に集中した。

ある日、ボス格の先輩が現れて言った。痩せた、髪の茶色い先輩だった。彼女は私をみてこう言った。「あんたってさぁ、天然なのね」。そして、笑いながら私の肩をポンと叩いた。その日から、無視はパタリとなくなった。
確かに、新人担当の雑務では、造花の植木にせっせと水をあげ、お茶と間違え出汁パックを急須に入れて、来客に出したが、それがどうした。私は昔からこうだ。

私は思った。ただそこにいて、ただ働いて、ただあるがままに生きているだけなのに、人は勝手に怒って、勝手に醒めてゆく。そんな他人の自分劇場に付き合う必要はないのだ。
「土俵に上がるな、とはこのことね。そして、天然って最強」
社会人1年目で、貴重な学びを得た。

…やはり、私は可愛くない新人だったな。

600文字エッセイシリーズ(ちょっと多い)テーマ:比喩のある文章

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