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Appleはなぜ三角形を使わないのか〜記号論で考えるMac Pro 第2世代〜

2013年から2019年まで販売されたMac Pro(第2世代)のデザインについて記号論的な観点から考えてみたいと思います。

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Apple

このMac Proの外観は円柱になっていて、本体下部に設置されたファンが本体上部の開口部に向けて風を流し、ロジックボード上のチップを冷却する設計です。ロジックボードは3枚の板で、三角柱のように組み合わさっており、下部のファンから送られた風で効率的に冷却できるようになっています。

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iFixit

ロジックボードが三角柱のように配置されているので、Mac Proの中身は三角形という印象が強かったのですが、実際の形状としては、三角柱と四角柱をくっつけたような形状ですね。(四角といっても台形でかつ丸みを帯びているので、適切な表現ではないかも知れませんが。)

とはいえ、ロジックボードという中核要素が三角柱であるなら、なぜ外装も三角柱にしないのかという疑問があります。


Apple製品における三角形

そもそもAppleの製品で三角形のシルエット自体が珍しいのですが、全くないわけではありません。iPhone 11 Proのカメラユニットのレンズの配置は正三角形です。Apple In-Ear Headphonesのケースも三角形ですね。あと、Apple Cube Speakerの切り抜きも三角形に配置されていますね。

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それほどAppleらしい形状ではないですが、たまに使われている形状です。

では三角形は記号としてどうなのか、という問題になります。


記号論としての三角形

三角形の記号的な意味を考えるにあたって、アドリアン・フルティガーの説明を参照したいと思います。


アドリアン・フルティガーはスイスのタイプデザイナーで、シャルル・ド・ゴール空港のためにデザインしたフォントなどが有名です。このフォントは視認性の高さから、この空港だけでなく世界中で使用されるようになりました。

彼の著作に「図説 サインとシンボル」(株式会社 研究社・2015)という本があります。

視覚的表現としてのサインとシンボルが、人間の思考の記録と伝達にとって本質的かつ不可欠な手段であることを、多彩な実例を挙げながら詳説する。その一点一点が見る者の興味を引きつけてやまない2500点以上もの自身によるイラストを収録。
古代の象形文字、中世錬金術のサインから現代の企業ロゴまで。中国の易経記号、日本の家紋からインディアンの動物素描、西欧の石工のサインまで――フルティガーは古今東西のグラフィック文化からエッセンスを抽出し、自在に論じていく。
アート、グラフィックデザインや装飾の分野のみならず、文字の歴史、記号論、視覚文化全般やイメージの読解に関心を抱くすべての人にとって必読の書。


有名な本なので、わざわざ紹介するまでもないかも知れませんが知らない方もおられるかもしれませんので、一通り説明しておきました。


さて、この本の32ページで記号としての三角形についての言及があります。

Mac Proのデザインを考える上で有益と思われる言及をかいつまんで取り出すと、以下のような内容になります

人間は水平と垂直のラインに注目して図形を認識する。斜めの線は基準線になりにくい。
三角形は、上むきのものと下向きのもので与える印象が異なる
上を向いた(上が尖った)三角形はピラミッドや山のシルエットに似て、安定感と永続性をイメージさせる
下を向いた三角形は能動的な図形だが、不安定で永続性がない

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Mac Proに三角形を使うことの是非

アドリアン・フルティガーの理論を踏まえてMac Proに三角形を使うことの是非を考えてみましょう。

三角形を使う場合、上むきの(上が尖った)三角形であれば安定感や永続性を表現できますが、下向きの三角形になると、意味が逆になってしまうことがわかりました。

Mac Proでは電源ケーブルやパート類をまとめた面を本体側面に配置することになります。

設置方法を考えると、ケーブルのある面はユーザーから見えにくい位置、つまりユーザーから見て真反対にくるようにすることが多いでしょう。

そうすると、その時のMac Proはユーザーから見て下向きの三角形になっているわけです。

これはApple製品の引用としてあまりよろしくない。

もちろん設置方法はいろいろあり得るので、必ずしも下向きの三角形に見えるわけではないのでしょうけど、それでも、場合によって図形的な意味が変動するというのはあまり都合のいいものではありません。

三角形が記号としてよくないという話ではなくて、Mac Proという製品には合わないという話です。


他の製品でAppleが使う三角形の位置付け

記事の最初の方で、Appleが他の製品でも三角形を使用しているという話をしました。ではこれは適切なのか、という話になりますね。

これについてみると、iPhone 11 Proのカメラユニットはまず基準線となる辺が存在しません。

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Apple

円が三つ三角形の頂点を表すように配置されているだけです。これにより、三角形の記号的な意味は薄くなっています。また、この三角形は上むきでも下向きでもありません。横向きですね。これはあえていえば方向を表すもので、前述のような三角形の安定性や永続性といった性質は持ち合わせていません。


Apple Cube Speakerについても、辺がないのは同じです。

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こちらは設置する向きは決まっていて、三角形は上むきですから、安定性や永続性を持っているといえます。これなら問題ありません。


Apple In-Ear Headphonesのケースだけは下向きの三角形です。イヤホンのシルエットに合わせたものですね。これはパッケージの段階では向きが決まっていますが、使用時には向きがあまり問題になりません。

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記号論的な意味よりも、ケースとしてのコンパクトさを考慮したものでしょう。

どういうことかというと、同じ外周における図形の面積のサイズ比は

円>正方形>三角形

となります。同じ外周の長さなら、円が一番面積が大きくて、三角形は円や正方形よりも面積が小さくなるわけですね。

このケースはイヤホンのケーブルをケース内部に巻きつけるようにして収納するようになっていているので、外周に対してフットプリントが小さくなる形状が持ち運びに便利というわけです。そこで三角形が選択されているのでしょう。


おわりに

というわけで、記号論の観点からMac Proのデザインを検討しつつ、その他のApple製品における三角形の意味についても検討してみました。

円柱ではなく角丸正方形はでない理由などは、また別の記事で書きたいと思います。


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