クライアントは、なぜクリエイティブに興味がないのか
先日、知人とこんな話になりました。
「なぜクライアントの多くは、広告クリエイティブに関心がないのか」
クリエイティブは売上にならない
企画・デザイン・編集・コピーが優れているからといって、その広告で紹介した商品が必ず売れるわけではありません。商品の売上は、消費者のニーズや販売力や営業力が大きく影響します。
広告の役割は「世の中に商品・サービスの存在や価値を伝えること」です。クライアントにとっては、言いたいことが消費者に伝わるかどうかが大事で、そこに「いかにコピーがうまいことを言っているか」「いかにそのアイデアが斬新か」などの芸術点はまったく必要ありません。
私自身、制作の現場にいたことがあるので、よく分かるのですが、良いクリエイティブとは時間がかかります。制作における質の高さとは、膨大な手間と圧倒的な試行錯誤の末に生み出されます。
良質なアウトプットを繰り返すクリエイターほど、その根気のいる作業を飽きもせず繰り返すことができます。それに彼らは、その行為自体を全く辛いと思っていません。いわゆる天才型のクリエイター達です。ですが、そんな天才達が技術力の高さを、驚くほど安価に提供させられている様子もよく見かけます。
クリエイターの報酬は、その人のアウトプットの品質だけでなく、在籍する会社の交渉力や営業力、法律や制度設計の充実具合、マーケットの競合性など、当人とは関係ないところで決まっていきます。営業マンならば、評価は売上額で決まりますが、クリエイターは絶対的な指標がなく、非常に評価が難しいのです。
経営者は自分のイメージを形にしたい
そもそもクライアントは広告を出し、多くの人に商品を告知することに意義を感じています。ですから広告をうったとしても、かけた費用に対して、想定の反応があれば問題ないのです。また制作物に関しても、脳内で描くイメージを具現化してくれる、あるいはそれを更にブラッシュアップしてもらう事に価値があります。そこにクリエイターの天才的なスキルは意外と必要なかったりもします。それよりかは、営業担当者のヒアリングや要件定義の精度など、チーム全体の一体感や総合力の方が重要となってきます。
それに対して個人としてのクリエイターは、芸術点を高めて評価を得ようとします。すごいモノを作りたい。誰にも真似できない優れたアイデアを生み出したい、というのが、モチベーションになります。しかしその拘りは、クライアントには全くと言っていいほど響きません。それはクリエイターのエゴであり、クライアントが求める「広告の機能」とは相関しないからです。
よくSNSで「クリエイターは正当に評価されていない」という発信を見かけます。「これだけ時間と手間をかけているのに、報酬が低い」「制作サイドの苦労をわかっていない!」と憤る投稿です。しかし、そういった投稿の殆どが上記のような需要と供給のズレから生まれています。
先にも書いた通り、優れたクリエイティブには時間と手間がかかります。そこだけを切り取り、「制作サイドの苦労を分かっていない」と嘆くのも分かりますが、同時に「クライアント側が何に苦労しているか、何に困っているか」を知ろうとする事も必要ではないでしょうか。
クライアントがクリエイティブに興味がないように、その人自身もクライアントの事業やビジネスモデルに興味がないのではないかと思います。
評価されるクリエイターになるためには
では世のクリエイターたちは、エゴに捉われず、どうやって自らの評価を上げていけばよいのでしょうか。
従来の方法であれば、コンペでの優勝を目指したり、広告賞の受賞へチャレンジします。それはタイトルを持っているクリエイターは市場において評価されやすいからです。何かの受賞歴があるクリエイターは不思議と箔がついて見えますし、分かりやすく高評価の対象になります。転職の掴みとして、あるいは大きな受注へのアピールポイントにもなります。ですから世の成長したいクリエイター達は忙しい合間を縫って、日夜コンペのための自主制作活動に勤しむのです。
ですが、広告賞やコンペティションの影響力が落ちてきているのも事実です。SNSでは大小問わずタイトル受賞者が溢れ、受賞自体の価値が薄れてきているようにも感じられます。また「コンペで選ばれる芸術性と、現場で活躍できるスキルは違うよね」という風潮も高まっています。一緒に仕事をした同僚や取引先から評価され、かつ「あいつはやるな」と太鼓判を押されるためには、また別のアプローチが必要になります。
介護事業を営む知人に聞いた話がヒントになりそうです。介護施設で働く人の成功ルートについて尋ねた時です。
介護の仕事は細かくステップが分かれています。習熟の過程でステップをクリアしていけば、それが給与のアップにつながります。しかし一定期間、勤務を続けていくと業務のステップは殆どの人がクリアしてしまうのだそうです。
そこから更にジャンプアップするには2つのルートがあるそうです。一つは経営陣や本部のメンバーに選出されること。日頃、経営戦略やマネジメントを勉強・実践し成果が評価されれば、その道が開けます。そしてもう一つのルートは、専門的かつ価値の高いスキルを身につけることなのだそう。
たとえば介護事業ならば、看護の資格が非常に価値が高いそうです。なぜならば看護のスキルがあれば、受け入れられる利用者様の幅が広がります。さらに看護の利用者は収益性が高く、(もちろん責任も重大ですが)事業的に価値が高い。つまり儲かるスキルなのです。
事業者側としては、そういった収益を上げられるスキルを持つスタッフは是非とも繋ぎ止めておきたいもの。そのために報酬を高くして、他の事業者に取られないようにします。
制作の仕事も同じように思います。「重要クライアントから全面的に信頼されている実績がある」「コンペで勝てるプレゼンができる」「専門的な実務能力がある」「その人しか扱えない最新のソフトスキルがある」など、事業を拡大できるスキルを獲得できれば、評価されるクリエイターとしての道が開ける可能性が高いです。そしてそのためには、業界内やチームの中でのポジション獲りを常に意識する必要があります。
クライアントワークは接客業
ですがこれらの方法は時間も勉強も必要ですし、ハードルも高いものばかりです。ですから、そんな根気も体力もないという方でも”評価されるクリエイターになる”最も簡単な方法を提案します。
それは”クライアントに指名されるクリエイター”になることです。
クライアントは情熱のある奴が好きです。なぜかというと、大手、中小に限らずやる気のある奴自体が驚くほど少ないからです。つまり、仕事に熱意をもって取り組んでいる人間は、クライアントにとっても新鮮で印象的に見えるのです。彼らはクリエイティブに興味はないかもしれませんが、熱意のあるクリエイターと一緒に仕事がしたいと考えています。
私自身、広告業を営んでいて感じることは、「クライアントワークは、接客業のようなもの」だということです。広告の企画制作においては、クライアントが出稿した広告の費用対効果を生み出さなくてはいけません。しかしそれだけではなく、先方の納得感も非常に大事です。
そのためにはクライアントと同じ方向を見て、ゴールを共有し、その実現達成に向けて自分なりに全力で取り組む必要があります。企画の成否以前に、「こいつらは信用できる」「心中する価値がある」という存在にならなくてはいけないのです。
ただその思いを心の中で情熱を秘めていても、クライアントへは伝わりません。自分の中の情熱をしっかり形にして、クライアントへ価値提供する適切な方法論が必要です。そこで私が制作側としてクライアントに接する時、意識していたことをご紹介します。細かいことから大変なことまでありますが、これらを実践できれば、それだけで他のクリエイターからは一歩も二歩も抜きん出ることができます。
・アイデアを100案書き出して、プレゼンの過程でさりげなく見せる
・ブレストのメモや資料を残しておいて、打ち合わせ時に持参する
・同業のパンフやチラシ、HPの事例を集められるだけ集める
・競合のサービスを実際に体験して、不満や良かった点を書き出す
・競合の店舗などを視察して、傾向や顧客の動向をまとめる
・校正時は、必ず「◯日◯時までに提出します」と伝える
・校正段階でラフの方向性が合っているか何度も確認する
・打ち合わせでの決定事項はメールにて明文化する
・先方は忙しいので、なるべく足を運んで打ち合わせする
その他にも沢山あるのですが、思いつく限り書いてみました。大抵のクリエイターは時間いっぱいまで粘って、完成度の高いものを提出しようとします。そこに対抗すべく、あえてスピードとボリュームを意識しました。クライアントは常に忙しく、複数のことを考えています。そこで、メールで済むことでも、なるべく足を運んで打ち合わせしました。電話やメールをするほどでもない細かい疑問や要求をクライアントは沢山持っています。そういった細かい用事こそ、放っておくと納品後のクレームになりやすかったりします。実際に顔を合わせることで、クライアントからの「そういえば〜」を引き出し、問題を消化していくことで、信頼を勝ち取っていくのです。
一つ一つは簡単なことですが、それらを網羅している人は、そうは居ません。そして自分の中で抱えている情熱を、しっかりクライアントへ伝えることができます。繰り返しますが、クライアントはクリエイティブには興味はありませんが、情熱のある奴と仕事がしたいと考えています。簡単だけど効果的なことを積み重ねて、会社のブランドでも広告商品でもなく、「あなた自身を売ること」を意識してみてください。信頼を培うことさえできれば、あなたのクリエイティブは市場でも高く評価されるものになっているはずです。