夜に夜を焼き星を掴む
熟成って、とてもいいなと思います。
熟成肉、熟成ハム、熟成チーズ、熟成ワイン。
熟成させているというだけで、時間という、私の中では価値あるものを費やした対価がそこに宿っているのだという気がします。
“熟成”は、食品を寝かせる事でタンパク質が旨味と呼ばれるアミノ酸やペプチドになり美味しさが増すという事のようですが、化学的な知識を持ち合わせていなくても、何となく“美味しそう”と思わせる言葉として広く一般に浸透しているのではないでしょうか。
私自身もとにかく熟成させたらイイ感じ!てなもんで、それだったらしばらく熟成させてみようといくつかの仕事に手をつけず寝かせています。
楽しみ!
最近明らかに仕事が行き詰まっていましたので、何かいいアイデア浮かばないかなァと虚な目をして本屋へ行ったのですが、仕事とは全く関係のないお菓子作りの棚へ吸い寄せられてしまい、そこで目に止まった本がありました。
肉もケーキも寝かせて熟成させる時代。
中をめくると、アンティークのような美しいケーキの数々が、目に飛び込んできます。
私は仕事を寝かせている場合ではない、お菓子を寝かせなければならないと思い立ち、本を買って早速ケーキを作る事にしました。
結果、仕事はそのまま寝かせる事になりました。困惑してきた。
選んだお菓子は『ダークケーキ』。
大好きなドライフルーツのパウンドケーキです。
過去に何度か焼いているのですが、これまでのレシピとは異なる作り方で工数が多く、さらには10日ほど寝かせて食べるらしいのですが、おいしい食べごろは3ヶ月後と書かれています。
3ヶ月って、大抵ライザップが結果にコミットしてくるタイミングやで?
1週間に1回ハケでラム酒やブランデーを表面に塗りながら、じっくりと熟成させるそうなのです。
下戸の私にとってはそれだけで酔いそうですが、何故か昔からお酒を使ったお菓子がたまらなく好きだという、おかしな素性を剥き出しにしてしまう魅力的なレシピです。
アタイ、酔い潰れてもかまわない。
まずは、ドライフルーツ類を必要に応じて細かくカットします。
ドライフルーツにラム酒とブランデーを混ぜて中火にかけ、水分を飛ばしたら冷まします。
バター、グラニュー糖を白っぽくなるまで混ぜ、はちみつ、卵、重曹、バニラビーンズの種などを加えながら混ぜ合わせます。
薄力粉とシナモンパウダーとクローブパウダーをふるいにかけたものを加えて生地が出来たら、フルーツ類とカラ焼きして刻んだくるみを入れ、ラム酒も加えて艶が出るまで混ぜ合わせます。
とにかくいろんなものを混ぜ合わせることを繰り返しながら、『ただ1つの、単体としての美しさや豊かさも魅力的だが、さまざまな物が混ざり合って生まれるそれもまた、然り』などと、お酒に酔わず自分に酔って独りごちていました。
型に入れたら中央にくぼみを作り160℃で60分ほど焼きます。
外には真っ暗で静かな夜が訪れていて、オーブンからただよう芳醇な洋酒の香りに包まれながら、空のグラスを片手に夜景でも眺めたくなる気分です。しつこいようですが下戸です。
一体どんなダークなケーキが出来上がるのだろう。
期待を胸にレシピ本に載っている美しいダークブラウンのパウンドケーキを何度も眺め、焼き上がりの合図を待っていました。
ひときわ甘く艶めく香りが立ってきたタイミングでオーブンから音が鳴り、私はゆっくりと扉を開けてケーキを取り出しました。
期待したダークな色ではなく拍子抜けしましたが、どっしりと、何事にも動じないような強さを感じるケーキが、見事に焼き上がりました。
熱々のそれにたっぷりとラム酒を塗った後、今すぐ食べたい衝動をぐっと抑えてラップで包み、密閉した袋に入れて冷暗所でそっと寝かせる事にしました。
翌日から毎日食べたい気持ちを抑え、なるべく空気に触れさせないよう心がけながら、一週間後、またラム酒を塗布するべくケーキを取り出しました。
先週より明らかにダークな色合いです。
フルーツの甘い香りと洋酒の香りが混ざり合って複雑になり、圧倒的な存在感を放っています。
私はこの時初めて、こうやって熟成が進みやがて『ダークケーキ』が完成する事を理解しました。
このまま行くと3ヶ月後には、今宵の闇の如くダークになっているかもしれないねって、ダークナイトかよ、ビバ、ゴッサム・シティ。ふふ。
熟成の先にある楽しみがキラッキラの希望の星として輝き、心が躍ります。
しかしふと、思ったのです。
私はこの先3ヶ月間、今すぐカットして貪り食べたいという欲望にどこまで抗えるのか。
もしかすると3ヶ月を待たずに食べ切ってしまうのではないか、と。
ダークケーキが食べごろになる前に、私がダークサイドに落ちるかもしれない。
もうすぐケーキは熟成10日目を迎えます。
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