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風呂には、入らないことにした。【読後感想】『水たまりで息をする』高瀬隼子 

去年の夏、第167回芥川賞を『おいしいごはんが食べられますように』で受賞した高瀬隼子は、2019年に第43回すばる文学賞『犬のかたちをしているもの』でデビューした。そして、今回の『水たまりで息をする』は、ちょうどその間に書かれた作品になる。

僕は純文学が好きで、純文学の新人賞受賞作品と芥川賞受賞作品については、ここ5年はもれなく読んでいる。さらに芥川賞で言えば、さかのぼるようにして読むようにはしている。これまでに歴代の3割くらいは読んだんじゃないだろうか。
……嘘だな。「芥川賞、歴代」で調べてみた。受賞作がない年もけっこうあるが、やはり歴史ある賞だ。……まだ、2割だな汗 2000年代に入ってからの作品は読んだ、というのがどっと増えるが、やはり全然だ。もっと精進しよう。逆の言い方をすれば、しばらくは読む本に困らない。って、本はとっくに渋滞している。だいぶ、積んである笑 BOOKOFFさんには、本当にお世話になっている。そして、にもかかわらずに図書館で気になる本があれば、借りてしまう。まさにこの本が、そうだ。

ズレたかなw
芥川賞って、ちょいと芸術性云々の話があるから、つまんないというか、読んでも、うーんという作品がけっこうある。私見ですよ。「なにが楽しいの?」みたいなツッコミはね、あると思うんだ。分かるよ。要は素晴らしい作品、これじゃ漠然? なら、深い作品がとるからね。でもね、又吉直樹の『火花』なんてほんといいよね! そりゃ売れるわ。あの作品はもちろん芸人、又吉が書いたってことも大きいけど、覆面にしたって素晴らしいことに変わりはない。ほんとにほんとに、面白いよね!
ちなみに個人的には、歴代芥川賞作品で好きなのは中上健次の『岬』と村上龍の『限りなく透明に近いブルー』。

さて本題。高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』は面白かった。80点だった。あんまり芥川っぽくなかった。たしか選評でもエッセイ漫画的既視感ありなんてことが書かれていた。あとは押尾がいい。二谷の食に対する考え方、少し分かる。あと、芦川さん怖すぎ汗 なんてコメントを僕は残していた(細かいところは忘れちゃった汗)。それで、デビュー作の『犬のかたちをしているもの』はね、そうでもなかった。たしか付き合いはじめの彼氏がセックスしない宣言うんぬんして、最後の方、なんとも気持ち悪い話になった覚えがある。だから、『おいしい~』が芥川賞にノミネートされた時も、別に期待していなかった。だけど受賞したので、読んだ。そしたら面白かった。シンプルだ。こういう言い方が正しいのか分からないけど、綿矢りさ感があった。とにかくよかったのだ。
と、そう言えば『水たまり~』も候補作だったことを、思い出した。でも、芥川でもとらないことには読む気になれなかった。そして今般、『おいしい~』も面白かったことだ、ちょっと読んでみるか、と借りて読むことにした。これじゃあ積本はいっこうに減りそうにない笑

純文学作家って、
芥川とるまで、しんどいんだろうな。
自分がそうだった。
待て、これじゃあ間違った読み方をされる。反省。
要は、なかなか読もうと思わない。
僕は、新人賞作品は、よきライバルの結果として、目を通し、僕といったい何が違うのかを考えたりもした。でも、次の作品まで読みたいと思わせる作家はなかなかいない。
たぶん、これは純文学の弱点なのかもしれない。もちろん、まったくいないと言っているわけじゃない。でも、新人賞か、その次の作品で芥川でもとらないことには、しんどいんだろうな。と、思っている。って、それがいかに大変かって話なんだろうが……
直近で言えば遠野遥や宇佐美りんが次作でとった。新人賞の作品が芥川をとったのは……金原ひとみの『蛇にピアス』か、20年前だ汗 そういえば、これもすばるかな。

なかなかに大変だな。
でも、こんかいの『水たまり~』はよかった。その話をしよう。

2021年
考える本
純文学
75点
3.0 h

タイトルに書いてあるように
風呂には、入らないことにした
と、突然旦那がそんなこと言った。
荒唐無稽じゃないよ、考える本だ。
きっかけはささいなことだった。
でもね、読んでて
ああ苦しい、苦しいー。
と、思わず入ってしまった。


読んでいると、やはり純文学はいい。
そう思ったところがある。引用する。

彼女が尋ねると、夫は彼女の顔をちらりと見て、すぐに視線をパソコンの画面に戻し、「そうでもない」と答えた。終電間際まで残業した日のような声だった。
「さっぱりした感じより、損なわれた感じの方が強いよ」

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P25

彼女が田舎で生まれ育った十八年間よりも、東京に住んでからの時間の方が長くなろうとしている。ちょうど入れ替わりの年だ。来年になれば、東京に住んだ時間の方が長くなるけれど、きっといつまで経っても「ご出身は?」と聞かれ続けるのだろう。東京の人は、平気な顔で排他的に接してくる。そのことに傷つけられもしたが、東京という街の、他人をラベリングしておきながら、そのくせ深く興味を持たないところが、彼女は好きだった。東京からしてみれば彼女は、大学進学と同時に田舎から上京してきてそのまま居着いた、よくいる地方出身者だったし、夫は東京で生まれ育ち、これまでに一度も東京の以外の場所に住んだことがない、こちらも典型的な東京出身者だ。そして二人を揃えると三十代半ばを過ぎても子どもがおらず、共働きで都内のマンションに住んでいて、裕福とまでは言わないがお金には困っていない、東京中にいくらでもいるタイプの夫婦になる。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P35

もしかして、今、夫は狂っているのだろうか。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P47

狂っているとしても、と彼女は考える。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P85

全部損なって、ぼろぼろになってほしい。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P98

許したくてしんどい。夫が弱いことを許したい。夫が狂うことを許したい。だけど一人にしないでほしい。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P99

自分の決断や思考に、あとから気付くことがある。ある時決断したというよりは、いつの間にか決めていたことに、しばらく経ってから「そういえばわたしは今こう考えていて、どうやらそれは最終決定なのだな」と気付くのだ。それらに気付くタイミングは、誰かと話している時の自分の微妙な言い回しだったり、扇風機の羽が割れてしまったのに新しいものをすぐには買おうとしない行動だったり、毎日熱心にチェックしていたニュースサイトを三日も見ていないことを意識した時だったりした。

単行本『水たまりで息をする』高瀬隼子 P102


少し話は飛躍する。夏目漱石の『こころ』についてだ。あの名作だよ。僕は『こころ』について、3点ばかり思うところがある。1つは、なぜ私は先生に惹かれたのだろうか、2つは、さすがに長すぎるだろう遺書!それ、手紙何枚分ですか??(このツッコミは本質じゃない、と言うのかもしれませんが、純文学においては、それ、許されない設定では?と思っています)
そして3つめは、あの終わり方だよ。完全に読者を置いてきぼりした。あの自由さ!いいんだよ、でもさ、途中だよね汗
ま、純文学あるあるとでも言いましょう。僕の周りで、村上春樹が好きじゃない人はこう言いました「えっ、結局どうなったの?あれ?これ、おわり?」いいんです、自由なんで、でもね、こんかいの『水たまり~』の終わり方、僕は少し納得していない。ちょっとズルじゃない?

でもね、よかったよ。
面白く読めるし、なんといったって、考える。夫の母親とか出てきますが、いやあ、まあそう言うんだろうね、でもさあ、だとか、夫の奇行なんかも簡単に笑って読めないよ。また、幸せってなんだろう、だとか、友達って? とかとか、僕はゆっくり読んだから3時間だったけど、2時間半でも、もしかしたら2時間でも読めるかもしれない。よかったら、是非。

最後まで読んでくれてありがとうございます。
また次の記事も読んでくれたら嬉しい(過去記事も)。それでは。

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