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ショートショート|彼は私にひざまずく。そして...



「明日、17時に」

そう言って去った彼を思い出している。
一目惚れというものなのだろう。

彼を見た瞬間に、「選ばれたい」と思ったし、その時の私はきっと真っ赤になっていたと思う。彼はそんな私をじっと見つめて「素敵だ」と言ってくれた。

もうあと数分で彼は私を迎えに来る。
興奮しているのか、私の身体からだからは、ほんのり甘い香りがした。

スーツ姿で戸口に立つ彼に気づいて、思わず恥ずかしさで下を向きそうになった。なんとか堪えて、堂々と装い、前を向いた。彼をがっかりさせたくない。

「理想的です」
彼はそう言うと、そっと、押しつぶさないように気遣いながら、私を抱き寄せた。
私は彼の胸で、彼の鼓動を聞きながら、この上ない幸せを感じた。

一緒に歩きながら、彼は時折、私にうんと顔を近づけては「すん」と短く匂いを嗅いで、「いい香り」と小さくつぶやく。私は自分を誇らしく思った。

ある場所で歩きを止めた彼。彼の鼓動がどんどんと早くなっている。
「スー」っと、聞こえないくらいに細く長く息を吐き、彼は突然、その場にしゃがみ込んだ。

「結婚してほしい」

私は歓喜のあまり声を失った。言葉の代わりに彼に抱きつこうとしたその時。
彼は自分の身体から私をぐいと遠ざけた。その彼の動きで、私は正面を向かされた。

私の目の前に、知らない若い女がいる。
彼女は頬を赤らめ、潤んだ目で上目遣いに私を見て、恥ずかしそうに言う。

「きれいな薔薇…」

彼女が手を伸ばし、私に触れた瞬間。私は鋭利な棘で彼女を襲った。





#超ショートショート


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