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Black Xmas (思い出×短編小説)

ある家族の物語です。
父 、母。それにベビーカーに乗った子供とその横を歩く幼い姉。
4人は2022年の12月18日、さいたま新都心駅にいました。

家族連れも多いこの駅は、改札を出て右側に進むと大きなショッピングモールがあります。その反対、左側に進むと「さいたまスーパーアリーナ」があります。休日にはコンサートを楽しむ人々や、催し物に参加する人々がコンサート会場の方へ流れていきます。
コンサートが始まるのは夕方からなので、参加客の多くは、会場までの時間をショッピングモールで食事をとったり、買い物をして過ごします。

その日、12月18日は快晴とはいえない天気でした。吹く風は冷たく、外でじっとしているには寒さがこたえる、そんな日でした。
親子は久々にさいたま新都心で過ごす休日を、買い物をして思う存分楽しみました。
クリスマスが近いということもあり、デコレーションされた街はきらきらと輝き、母のマチ子は少し浮かれていたかもしれません。
いつもならば16時頃には外出先を出て、家路につくこの家族は、この日、いつになく浮かれていたマチ子の提案で、さいたまスーパーアリーナの手前で行われているクリスマスマーケットへ寄ってから帰ることにしました。


夕暮れが近づくさいたま新都心。その日もコンサートが行われるということで、だんだんと駅の周りは人が多く集まってきているようでした。改札前で待ち合わせをする人や、ストリートピアノを弾く人がいます。
駅の前を通過する際、マチ子はふと周りを見て気づくことがありました。
冬は黒やグレーなど、シックな装いをする人が多い印象ですが、その日はやけに黒い服装の人が多いと思いました。しかし、改札前の賑やかさで、その時はさほど気にならなかったのです。


「あ、あそこね!たくさんお店が出ているわ」

親子は駅を通過し、賑やかなクリスマスマーケットの会場へ向かいます。
しかしこの時、マチ子はある違和感を感じたのでした。
「なにか変ね。なんだか異様な感じがする……」
マチ子は、進む先に見えるクリスマスマーケットのキラキラした会場に、不穏なものを感じたのでした。しかし、その正体が掴めないまま、ビールやソーセージ、雑貨を売る露店を目指し歩き続けました。
4人がクリスマスマーケットのすぐ近くまでやってきたその時、ベビーカーの横を歩く娘のサクラが、マチ子を見上げて言いました。
「ねえ、ママ。どうしてここにいる人たちはみんな、まっ黒いお洋服を着ているの?」



サクラの言葉にはっとしたマチ子は、急いで辺りを見回しました。するとサクラの言う通り、マチ子たち4人以外は皆真っ黒の服に身を包んでいます。
見れば、クリスマスマーケットの露店の下には真っ黒な人だかり。耳を澄ますと、マーケット内でかかっている曲も、聞き覚えのない激しいROCKが流れています。
「あ……あなた!」
「これはまずいぞ、お前……」
夫のタツオも顔が真っ青です。

真っ黒な衣装にピンクの髪、金髪ロングヘアに大きな黒いリボン、黒髪で長髪のソバージュ。派手に髪を逆立てた人、等々……。
よく見れば、その人たちの持ち物にはある共通の言葉が刻まれていました。

「あなた……これって……」
「“狂気”だ!ここに居たら危ない。すぐに戻ろう!」

マチ子はサクラの手をしっかり握り、タツオはベビーカーの向きを変えます。
しかしこの時、焦っていたタツオは、勢いよく動かしたベビーカーの前に、人が立っていた事に気が付きませんでした。
「痛っ!」
「あ!!す、すみません!」
「あ、いえ……大丈夫ですよ」
ベビーカーの前輪が、すぐ後ろに立っていた女性の足に当たってしまったのです。しかし、その女性は全身真っ黒な服を着ているものの、とても優しい笑みを浮かべています。女性の着ているロングTシャツには『LUNACY』と書かれていました。
「あの失礼ですが……LUNACYって……」
マチ子は勇気を出して女性に尋ねました。すると女性は笑顔のまま答えたのでした。
「今日はここ、さいたまスーパーアリーナでLUNASEAというバンドのコンサートがあるんです。『LUNACY』というのは、初期のバンド名の表記です。そして今日は黒服限定というドレスコードがある日なんです」
嬉しそうに語る女性の言葉に、マチ子とタツオはほっと胸をなで下ろしました。
「そうでしたか。それにしても、こんなに真っ黒な人だかりを見たことがなかったもので……」
タツオが言います。
「ほんとに。はじめは何か別の……」
マチ子は言いかけてやめました。
女性はそんな二人を見てふふっと笑いました。
「10代の頃の彼ら(LUNASEAメンバー)が始めた黒服限定というお遊びを、30年近く経って、ファンも当人もいい歳になっているのに、お祭りのように楽しんでいるって、なんだか素敵じゃないですか?」
女性はそう言うと、二人に軽く会釈をして黒い人だかりの中へ消えていきました。

女性から丁寧な説明を受け、いくらか不安は和らいだものの、黒い集団に囲まれていることは、あまり心地の良いものではありません。次から次へと会場へと向かってくる黒い人の波をかわしながら、4人は身を固くして駅へと急ぎました。
駅について、ようやくほっとした4人は抱き合い、改めてさいたまスーパーアリーナへ視線を向けました。
そこには蠢く漆黒の暗闇があり、その中に立ち込める熱気が、まるで目に見えるようでした。

グッズ販売に並ぶ黒い人々
会場入りする黒い人々


「LUNASEAのファンの人って、見た目はちょっと怖いけど……」
「とても親切で、優しかったな……」

マチ子とタツオはその夜、子供たちを寝かしつけると、夜な夜なリビングで肩を寄せ合い、LUNASEAの最新のミュージックビデオを観たのでした。


おしまい。



コンサート会場を後にする黒い人々



🆕2023.11.29
🆕2023.11.29



#思い出
#短編小説

#記憶に残る風景
虎吉さんの企画の提出時刻に間に合いませんでした°・*:.。.☆涙

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