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それぞれがそれぞれに。


昔、付き合っていた人がいた。

2人とも、どちらかと言うとインドアで、互いの部屋に行き来していた。
お互い一人暮らしだった。

基本的に、僕たちは同じ部屋にいるのに違うことをしていた。

僕たちは各々好きなことをしていても、あるいは食事中無言でも、苦痛どころか居心地が良かった。

彼女はいつも洋楽を聴きながら絵を描いていて、僕は本を読んだり小説を書いたりしていた。
彼女は部屋の隅にキャンバスを広げ、僕はテーブルで本を広げていた。
それぞれの世界に没入し、疲れたタイミングが合えば一緒にお茶とかジュースを飲んで、まれに一緒にコンビニまで散歩した。
休みの日は朝の9時から16時くらいまで、どちらかの家でこんな感じで過ごした。10回の休日デートのうち7回がそれで、3回が一緒に外出した。3回に1回の頻度で僕たちは電車に乗ってどちらかが行きたいところに行った。大体がショッピングモールだった。たまに観光地に行った。鎌裏とか、連休の時は京都とか仙台に行った。2人で並んで座る時、僕たちは恋人らしい会話をした。と言っても公の場で「好きだよ」なんてことは言わない。「冷蔵庫のアレ、期限大丈夫だったっけ」というどちらかというと家族寄りの会話だった。

カフェに行っても黙々と別のことをした。
旅行に行っても別行動の時間を必ず設けていた。
ある時は現地集合現地解散だった。

多分、珍しいのだと思う。

あるひとからしたら「恋人としての楽しみを損なっている」と言われるかも知れないが、それは特に感じなかった。

繰り返すが僕らはほとんど干渉しなかった。
何が好きかは把握していてもそれを共有したり勧めたりは決してしなかった。
だから僕は彼女が好きなバンドの曲を聞いたことがないし、彼女は僕が好きな作家の本を読んだことがない。

それでも、それでも心地よかった。安心感があった。

でも、たまに、無性にくっつきたくなる日があって、そんな時は全てほっぽり出して1日中くっついていた。ハグをして、キスをして、手を繋いでコンビニにいって、帰ってきたらまたハグをした。一緒にお風呂に入って、互いの顔をムニュムニュしあった。夜の闇の中で身を寄せあて激しいキスをしたり、互いの体を貪りあった。いくらくっついても遠かった。何回「好き」と言い合ったか覚えていないし、何個「跡」をつけたかも覚えていない。そしてそれは週に1回程度で、あとは最初のような関係だった。どちらの時間も、どちらの彼女も僕は好きだった。

ここまで価値観がフィットしたことはこれが最初で最後な気がする。

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