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現代文Aでの奇行

「僕が授業をやります」

教室中の視線が僕に集まった。
高校3年のある日、現代文の授業だった。

この日、クラスのいわゆる「陽キャ」が騒いでいた。

ほぼ全員の大学受験が終わっていて、ゆるっとした空気に包まれていた時期だった。
残す行事は冬休みと卒業式のみで、「LJK(ラスト女子高生)」とか「JKブランドがー」と嘆く女子が増殖していた時期だった。
学年全体がふわふわしており、やたらと問題を起こす我々に集会で「気を抜くな」と学年主任が怒鳴るあの時期である。

教室は受験前と比べて明らかに浮ついた空気に満ちていて、それなりに授業態度が悪かった。
そんな我々への教師陣の対応はさまざまで、主に、通常営業派、授業妨害しなければいい派、ねじ伏せる派、そもそも授業にこない派に分かれていた。
現代文の先生は40代半ばの女性教諭で「授業妨害しなければいい派」だった。居眠り、内職OK。多少の雑談には目を瞑り、授業も早めに切り上げていた。しかし、ある日先生が怒った。滅多に怒らない先生だったからみんなびっくりした。多分、今まで我慢していたのだろう。堪忍袋の緒が切れたのだろう。

「そんなにしゃべりたいならあなたが授業をやりなさい!!!」

そう怒鳴った。
クラスのカーストトップに君臨する内山くんが周囲の仲間と騒いでいたのだ。
確かに声のボリュームは「雑談」の域を超えていた。先生も何度か注意したがそれでも改めなかった。
内山くんは流石にまずいと思ったのか目を伏せ黙秘に入った。しかし先生はやめない。これまでの蓄積を爆発させるかのように怒りまくった。何もそこまで、と一瞬思ったがこれまで我慢していたと考えれば納得だった。とにかく、そういう先生だった。

「あなたが邪魔をしているの、わかる?」
「……」内山くん、黙秘。
「受験が終わっていてもね、勉強したい人はいるのよ?」
「……」内山くん、黙秘。
ずっと目を伏せ黙秘を続ける内山くんは普段の「陽キャっぷり」からは想像できないほど小さく見え、同時に「株下がったな」とほくそ笑んだ。

「どうしてもしゃべりたいならあなたが授業をやりなさい」

先生が再びそう言った。
内山くんは黙秘を続ける。「やれやれ……」と僕はため息をつき、そして奇行に出た。

「先生」

僕がそう言うとどよめきが起こった。
怒られモードの教室は誰も音を発していなかったからだ。

先生は一瞬戸惑いを見せ「なんですか」と僕に聞いた。

「僕が授業をやります!」

そう言って立ち上がり先生の反応を待たずに教卓に向かった。
僕はこの当時教師になりたくて授業をやりたかった。
(別の話で詳しく書いているがこの手の奇行は今に始まった事ではないので「そういうやつ」だと思って読み進めて頂きたい)

先生は目を丸くし、呆気に取られながら僕にチョークを譲った。
先生の目は怯えていて、震える声で「どうぞ」と言った。

僕は教卓から内山くんを見下ろした。
相変わらず小さかった。
教室は一瞬どよめきを起こしたが、1年近く僕の奇行を目の当たりにしてきて「またこいつか」といった具合に、その現象に順応していた。

先生は教室の隅にもたれかかって静観モードに入った。
軽いパニック状態にも見えた。
僕は構わず続ける。念願の実践訓練に思わず笑みがこぼれた。教室の温度が2度下がった。

「じゃあ82ページの4行目からいきます」

その後僕は30分以上授業を行った。
登場人物の相関図を黒板に書き、本文の要約をしつつ、登場人物の心情の変化をグループごとに考察する流れをとった。
時間が余ったので1文ごとに音読させた。内山くんからやらせた。
ドン引きしたクラスメイトはうまい具合に黙って従ってくれたので大満足だった。

内山くんは授業後にはいつもの陽キャに戻っていた。

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