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短編「図書館にて」(10枚:ジェイムズ・ジョイス文)【説明あり】

筆者の説明

 この作品は、  Card小説「Shuffles」のCard.34です。

場面

とある町の図書館

登場人物は、二人

主人公の青年と、酩酊したホームレスの男


奇数行が、主人公が図書館にて、常々借りたかったトマス・ピンチョンの「重力の虹」を黙読しています
偶数行は、酩酊したホームレスの男が、その奇数行の黙読する青年に管を巻いています。
そういう設定です。この「意識のながれ」はジェイムズ・ジョイスが「ユリシーズ」で発明(開発?)した手法で、のちにフリオ・コルタサルが「石蹴り遊び」のなかで転用しています。
 それで、「あ、ぼくもやってみよう!」というので試しにやってみました。
文藝の手法としては、今でこそなんでもない「ありふれた意識の流れの手法」ですが、これを書いている最中のぼくは熱中しながらこのくだりを書いたものです。



 一筋の叫びが空を裂いて飛んでくる。前に

 ったくヒック。学者さんよ。チミのことだ

もあった、だが今のはなんとも比べようがな

よこぞうヒック。おいそこのボウズ。おまん

い。いまさら手遅れだ。〈疎開〉はつづくが、

じゃこらメガネぼうず。まっ昼間っからぶあ

ただの見てくれでしかない。列車のなかは真

い本をよんどるの。となりにすわってもいい

っ暗。わずかな光もない、どこにもだ。頭上

かの。よっこらショーいちと。それ県立から

に組みあがった鋼材は鉄の女王と同じくらい

の相互貸借じゃろ。こんなど田舎の図書館じ

ふるび、そのはるか上にガラス屋根。昼間な

ゃぁ地下書庫には置いてないわな。それジョ

ら光を通すだろうが今は闇だ。ガラスが落ち

イスかね。ヒック。ちがうか? ヒック。わ

てきたらどんなことになるだろうかと不安に

しにも学生の頃があったんよ。ん? その傍

なる。ーもうすぐー 壮観だろう。水晶宮の

がやたらおおい小説はやっぱりジョイスじゃ

崩落。漆黒のなかにかすかなキラメキもない

ろ。ヒック。こら小僧! なんかこたえんか

まま起こる、巨大な不可視のクラッシュ。車

質問してるんじゃぞったくヒック。ああ昼か

輛の内部は何段にもなっている。ビロードの

らねむいわい。どれぼうずわしのためにここ

ような闇の中、煙草もなく彼は腰を下ろして

でひとつそれ音読でもしてくれんかの。それ

いる。近くでも遠くでも金属が軋り合い、連

子守唄にここでねむらせてもらおうかの。な

結し、蒸気が噴霧となって圧を逃れる。車輛

んじゃさっきからだまりしくさってわしんこ

が振動するのが伝わってくる。宙づり感、み

とムシか。きさま聞いとんか! んだれぞお

なぎる不安、まわり中すし詰めだ。虚弱者た

んどりゃ? うるせえわしがここでなにしよ

ち、第二の羊(カルヴァン派-見捨てられし

うが勝手じゃろうが! ど田舎のウンコたれ

者)、運に見放された時から落ちこぼれた者

司書員はだまっとれこのボケ茄子がッ! 学

ー 酔っぱらいも、二十年前の被弾のショッ

習室と読書室のまどなりにバカでっかいコピ

クからいまだ立ちなおれない退役軍人も、背

ー機並べおってからにガチャッコんガチャッ

広を着たハスラーも、浮浪者も、信じがたい

コんガチャッコんガチャッコんうなりだすた

数の子供を抱え憔悴した母親もいる。あらゆ

んびにつんぼの爺婆いがいの子どもらがそそ

る者が一緒くたに積みこまれ救済のためはこ

くさといんでいくのをおまんらそのまなこで

び出される。ごくちかくの顔だけがほのかに

みとらんのかい! なんで事務所におかんの

浮かぶが、その顔もカメラのファインダーで

じゃバカタレボケ茄子ぜい金ドロボーがった

見るように銀色がかって、車を飛ばし街を逃

くヒック。うるせぇど! 昼から酒のんでな

げ出すVIPの、防弾窓の、向こうに想像さ

にがわるい! わしの金じゃ! ハァ〜。ア

れる緑に染まった顔のよう… うごきだした。

ンタも飲むかクソぼうずっかっかっかっかヒ

まっすぐに、中央駅から、中心街を抜け、旧

ック。ようぼうずそののとなりの本もようけ

市街のより荒廃した地区へ。これは脱出の道

ごっついの〜。どれどれそっちはわしがよん

なのか。顔たちが窓のほうを向く。だがだれ

でみようかの。タイトルはなんじゃ? いし

も疑問を口にしようとしない。雨が降りおち

けりあそび? どれどれと… 指定表? 本

る。いや、これは解けて行くのではなく、ま

書は、本書独自の流儀において多数の書物か

すます縺れ縺れていく過程なのだー アーチ

ら成りたっているが、とりわけ二冊の書物と

の入口にさしかかった。朽ちたコンクリート

して読むことができる。読者には、左記の二

の秘密の入口、一見それはふつうのアンダー

通りの可能な読み方のうち、いずれか一方を

パスの円弧のようにしか見えない… 黒ずん

選択していただきたい。第一の書物は、普通

だ木組みの構造が頭上を過ぎた。石灰の匂い

の方法に従って読まれ、第五十六章で終わる

がただよう。遠い過去の匂い、ナフサの匂い、

もの方であるが、その末尾のところには煌び

交通の絶えた日曜日の匂い、成長する珊瑚の

やかな三つ星印があり、これは「終り」とい

ような謎に充ちた生の匂い… いきなりカー

う語に相当している。したがって読者は以後

ブを曲がってさびれた支線を進む、鼻を突く

の続編はなんの未練もなく放り出してかまわ

サビの匂い。運行から見放された線路で、ま

ない。第二の書物は、第七十三章から始まっ

ぶしく深く空虚に向かう日々をとおして進行

て、以下、各章末に指定されている順序に従

していく酸化の過程。ことに夜明けの蒼い影

って読まれるものである。混乱したり忘れた

に覆われたしたで進展するそれは、できごと

りした場合は左記の順番を参照するとよい。

を〈絶対のゼロ〉へ運んでいく… 奥へ進め

73-1-2-116-3-84-4-71-5-81-74-6-7-8-93

ばすすむほど貧しい… 荒んだ貧者の秘密の

-9-104-10-65-11-136-12-なんじゃいスゴロ

街、その名も聞いたことのない場所… 壁が

クみたいなよみかたさせるんじゃ? おいき

壊れ屋根がなくなるとともに光の可能性も減

けぼうずまたこの筆者またごたいそうにえら

っていく。行く手をだんだん開けていくはず

そうにまたこの筆者ヒック。これまたえらそ

なのに、差にあらず、しだいに先細り、つっ

うにヒック。指定表の番号どおりによめじゃ

かえ、カーブも急になり、そして唐突に、こ

とヒック? そんなもんムシムシ。解説だけ

んなにも早く、最後のアーチの下に出た。つ

よんじゃるわい。まだ本編をよみはじめとら

かみかかり飛び跳ねるブレーキ。審判がくだ

んおまえにネタバレじゃいひゃひゃヒックひ

ったのだ、上告などありえない判決が。隊列

ゃヒックゲほゲおエぇ!    また傍点の

は停まった。路線はここまで。疎開者はみな

おおいふくみをもっとりそうなトコをいっち

外へ出ろと。ゆっくりながら抵抗のない歩み。

ょよんじゃる。わしもなとおいむかしぼうず

鉛色の帽章をつけた引率者は押しだまったま

のような学生じゃったんよいくで。実際、読

まだ。途轍もなく大きなホテル、異様にふる

者は必ずしもテクストの内容を理解するもの

くてくらいそこはすべて鉄製、まるで線路と

ではない。このシンプルかつ普遍的な命題が

転轍機の延長だ。… 濃緑色に塗られ、何世

オラシオの読みかたにも当てはまる。オラシ

紀も点灯せぬまま、複雑なかたちの鉄の庇か

オはガルドスの文章に触れ、それを部分的に

ら垂れたグローブライト… 群衆はざわめか

知覚してはいるのだが、ガルドスの文脈を辿

ずせきもせず、まっすぐで機能的で倉庫の通

ることはできていない。別のことに思いを馳

路のような回廊をすすむ… ビロードのくろ

せているからだ。そのせいか彼がピックアッ

い表面が進行を包み込む。古い木の匂い。流

プする単語はあっちこっちに飛び、結局、彼

入する疎開者を受け入れるため長期の空白か

は必ずしもテクストを順番に読んでいるわけ

ら呼び覚まされた遠隔の翼棟では、冷たい漆

ではないこともわかる。人は読む速さで考え

喰の壁に死滅した鼠が洞窟に頑固な光のシミ

ることはできない。あるいは人の意識は言語

となって張りついている… 疎開者らはグル

の展開の速さとは異なる速さで展開する。人

ープにわかれ昇降機へ入っていく… 四方が

は線的なものである線条を順序だて辿ること

あいた処刑台のような木製のそれは、タール

はできない。(あっちにいったりこっちにき

を塗った古いロープとS字型のスポークをも

たりする)という二つないし、三つの命題も、

つ銑鉄の滑車で引き上げられる。昇降機が止

同時に確認することができそうだ。読書とは

まると、そのつど褐色のフロアで動きが始ま

難しい行為なのだ。なにを! このガクシャ

る… 明かりのない、だまりこくった何千も

ぶりやがってこのインチキガクシャがぁ。だ

の部屋たち… ある者はひとりで待ち、ある

れだ? わしひとの名前の漢字ようよまれへ

者はなにひとつ見えない部屋を他人と分かつ。

ん。ぼうずこれみてみこれ〈柳原孝敦〉これ

そうだよ、不可視なんだ、ここにおよんで部

なんてよむの?  まええか。

屋の備えがどうだろうとかまうものか。彼ら

の靴が踏みしめているのは古いふるい土くれ。


               おいおぼう

都市が拒絶し、脅しをかけ、子供らに隠して

ず。

きた、そのすべてが降り積もりかたまったも


の。先程から耳もとに、自分だけささやくよ

    おいおぼうず。お兄やん。おまん猫

うな不思議なこえが聞こえていた。「まさか

さがしとるんか? 受付の姉ちゃんがいって

救われるなど思ってはいないだろうな。さあ、

おったで。ネコを愛する人間にわるい人間は

われわれみんな、ど

おらん。よし決まりや。おいちゃんもなネコ

さがしたるわ。ここだけの話やでわてなひと

昔なこの街にながれてくる前な京都のな興信

所に勤めとったことあんねん。

  なんやどないしたんや! 急に血相かいて…

 ? 消えよった。ぼうずいったいなにをよんどった

んかいな。ふせんはここか… 空を裂く叫びが止まっ

た。それが落ちてくるのは闇のなかなのか、それと

もそれは自身の光を携えてくるのか。光は先か、そ

れとも後か? おや、もう光がきている。いつから

だろう。部屋に光が浸透しはじめ、朝の冷気と溶け

合いつつ…    やっぱわらからへん。酒まで覚めるわい

わわわあァあ〜わねむ。


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