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戦乱の刃 咲き誇る花々 第1巻

※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。


 戦乱の世に生を受けた、一人の女がいる。骨太で背が約五尺五寸もあるが、顔は目に毒を含む可憐な花のよう、と言われていた。
 「姉貴、どうしたの」
 隣で寝ていた少年が、寝ぼけ眼で声をかける。彼の目には、息が荒くなっている女性の姿が視界にはいった。
 「ご、ごめん、明心(あこ)。起こしちゃった」
 「ん、へいき」
 ごしごしと目をこする子供。まだあどけなさが残っている。
 背伸びをした明心は、そっと引き戸を開ける。まだ明けきっていない外の空気は、眠気覚ましに丁度よい。
 「今日だよね、出陣」
 「ああ。お前は危ないから、ちゃんと後方にいるんだぞ」
 「あのな、おれはもう十四だぞ。子供じゃねえっつーの」
 「そうじゃない。お前は訓練を受けていないから危険だと言っている。戦場はそんじょそこらの喧嘩とは訳が違うのだ」
 「いっつもそれだよな、ったく」
 と、頭をかく明心。
 「でも、今回ばかりは聞けないっていったろ。姉貴の仇がいるんだ、だったらおれの敵だ」
 「気持ちは嬉しい。だがな」
 「安心しなって。何も姉貴の隣で戦おうなんて思ってない。足手まといなのはわかってるし」
 眉をひそめる女性に対し、少年はいたずらっぽく笑う。
 「とーしんだか何だか知らないけど、人間なんだ。隙をついて首筋に突きたてりゃいい」
 と、懐にあった小刀を出す。自己流とはいえ、身軽さと舌の回りは女性より優れており、それで身銭を稼いでいるほどだ。
 「それに、黙ってたけど。数年前から前線にでて引っかきまわしてきたしさ」
 「は? 待て、まさかとは思うが」
 「そ。謎の韋駄天の正体が、このおれ様ってわけっ」
 にかっ、と得意気に笑う明心。いつも大人しく物資管理を行っていたと思っていた女性は、己の管理能力にため息をつく。
 時折場がざわつくと思っていたら、まさか身内だったとは。
 「分かった、今回だけだぞ」
 「そうこなくっちゃっ。さ、まだ休めるし、もうひと眠りしよ」
 「今回だけだからなっ」
 「はいはーい」
 聞いてか聞かずか、少年は布団に潜りこむ。大きな青い息をはいた女性も、体を休ませることにした。
 日が昇り終えると、二人は準備を整え外にでる。入口近くには、背筋をのばした中年男性がたっていた。
 「おはようございます、たけ様。明心」
 「おはよう、薬右衛門(やくえもん)」
 「おはよー、おっちゃん」
 集合場所にむかう途中、
 「そうだ、薬右衛門。今日は私ではなく明心に付いていって貰えぬか」
 「はあっ、何でだよ」
 「は、はあ」
 と、声が重なる男衆。抗議と疑問で別れているが、思わず目を合わせた。
 「お前、また我が侭を言ったんじゃないだろうな」
 「いってないし。姉貴の役にたとうとしてるだけだし」
 「それを我が侭というんだ。影の真似事をするのもいい加減にしないか。戦場はお前が思っている程甘くない」
 「まあ待て。今回はそれを体感させる為に許したのだ。危うくなったら首根っこを掴んで離脱して欲しくてな」
 「し、しかし、今日の相手はあの闘神阿修羅の化身ともいわれる相手。とても敵う者ではございませぬぞ」
 話しながら身震いをする薬右衛門。たけは顔を歪ませながら、下唇をかむ。
 「何だよ、もしかしてちびったの。大の大人が情けないなぁ」
 「明心。あの恐怖は見た者にしか分からぬ。あれは人の皮を被った化け物なのだ」
 顎に力がはいってしまい、たけの口元に血が滲みだしてしまう。
 怒りの形相をしながら、たけは、危険だと思ったらすぐに逃げるように指示すると、早歩きで進んでしまう。
 「ちょちょ、ちょっと姉貴っ」
 慌てて追う明心。残された薬右衛門は、主の気持ちをくみながらも、どうにかできぬものかと考えていた。
 一刻後、兵が集まる場所に三人はやってくる。思いの外集まっており、金に困った浪人をはじめ、農民も参加しているようだ。
 「この戦いに勝てば給付を三倍にすると、お館様が仰られてるそうな」
 「本当かっ。それはやらなくてはな」
 「槍を持って立っているだけで良いのなら楽だな」
 そんな馬鹿な話があるか。どうしてこんな事になっている。
 怪訝に思ったたけは、近くにいた男に話しかけようとする。
 「これはこれは。そなたも参加していたのか」
 彼女の耳に、聞き覚えのある嫌な声がかかる。恐る恐る振りかえると、小太りの男が武官を率いてやってきていた。
 驚いた志願兵たちは、慌てて道をあけてひざまずく。
 「ほっほっほ。相も変わらず美しいのう、たけよ。どうじゃ、わしの側室になる件は考えたかの」
 「恐れながら、その話はお断りさせて頂いたはずにございます。身分不相応である事、やるべき事がある故」
 「それを終わらせる為にこの戦があるのだ。ほっほっほ、そなたと共にする褥(しとね)が楽しみだな」
 ぽん、と、たけの肩に手をおく男。名を小山田信近(おやまだのぶちか)という。
 「この戦いで、あ奴は死ぬ。心配するでない。何なら館で待っておっても構わぬぞ」
 「お気持ちだけで結構。某は某の手で仇を討つまで。御前を失礼致します」
 吐き捨てるように言い放ったたけは、一礼をし、その場を去る。薬右衛門と明心も続き、後者に至っては舌をだす始末。
 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす小山田氏を背にしていたら、いつの間にか山脈のふもと近くまできてしまっていた。
 「誰だっけ、あの人」
 「小山田信近。この辺りを治める人物だ」
 「あれが?」
 「これ、滅多な事を言うな」
 ため息をついたたけは、女好きで有名だがな、とつけ加える。
 もうひとつ息を吐きだすと、近くの木に登り、戦場を見渡した。
 左手に本拠地が、右手には平野が広がっており、少し遠くには雑木林がある。小山田氏にどのような策があるのかは知らされていないが、たけは大体は飲みこめた。
 「丁度良い。おそらく周辺に小山田氏の軍勢がいるはずだ。探し出して合流しよう」
 「おう」
 「姫様。どうかお考え直し下され」
 着地した娘の前に、薬右衛門が片ひざをつく。
 「無礼を承知で申し上げます。一門は滅ぼされ、本来なら処刑されている身でござりまする。命あっての物種、どうか慎ましやかに生きては如何でしょうか」
 「くどいぞ、薬右衛門。私は武士だ。父上と兄上の無念を晴らさずに、何を誇りとする」
 「そ、それは」
 「お前が心優しい男である事は知っておる。だがな、理由もなく一族を滅ぼされた恨みを晴らさねば、死んでいった者達が浮かばれん。この命に代えても一矢を報いてみせる」
 「ちょっと、何勝手に死ぬ気になってんだよ」
 上の空で聞いていた明心は、最後の言葉に反応する。
 「恩人を死なせるわけないだろ。だからおれが背後を狙うんだだし」
 「明心」
 やれやれといった表情で笑う少年。頭一つ分高い肩に、右手を置く。
 「動かなくなったら姉貴がそのでかい刀でばっさり斬ればいいじゃん。な。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ。おっちゃんもそう思うだろ」
 「何故勝てる前提で話をするのか分からんが。一理ある」
 重い体に鞭をうった薬右衛門は、立ちあがると帯刀に手をそえる。
 「姫様の御心のままに」
 「二人とも、ありがとう」
 ひまわりが咲いたかのごとくの少年と、少ししおれた花のように笑う男性。
 三人は山沿いを歩き、小山田氏の軍と合流したのだった。

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