戦乱の刃 咲き誇る花々 第5巻
※書き下ろしなので、誤字脱字や展開など、今後内容が変更される恐れがあります。ご了承下さい。
日が昇っているうち、たけは結局、真っ正面から勝負を挑んできた。やはり、武家の娘だけあって、正々堂々が基本、と思っているからだろう。その点、庶民育ちの明心(あこ)は生きるためなら手段を選ばないところがある。
もちろん、これが卑しいなどと、光正(みつまさ)は思っていない。武士には武士の、庶民には庶民の生きかたがあるというだけだ。それに、影に調べてもらった背景では、選んでなどいられず致し方ないとも感じる。
「美しい月を一人占めしたいと、思ったことはないか」
「その様な時は、屋根に登って飲みますよ」
「ほう。その為に屋根を平らにしたか」
「まさか。お館様のより高く造るなど恐れ多いでしょう」
「世間ではそうだな。身長は物理的故、致し方ないと思うが」
と、光正の叔父、定正(さだまさ)。齢四十前後だが、外見は光正の兄でも通りそうである。
彼は隣に座ると、持参した酒をすすめてくる。受け取った甥は、叔父の後に杯をあおった。
「随分気に入ったのだな」
「たけの事ですか」
「他におるか。そう言えば、先日とは違う鞘をしていたな」
自分で酒をいれると、口元を緩めたまま、ゆっくりと飲む。が、横目でしっかりと姿を見据えていた。
「気のせいでしょう」
「お前もずる賢くなったものだ。昔は一本気質でからかいがいがあったというのに」
「叔父上」
「なあに。私は美女に目が無いのを知っていよう。女性には優しくせねば」
ふふふ、と、扇子をあてながら笑う定正。妙に色気を感じる瞳は、女なら赤面していたかもしれない。
「御家も大事だが。私は血族があってこそだと、思うておる。上手くやるのだぞ」
と、甥に対し再度とっくりの口をむけると、受け手は苦笑しながら杯をだす。
この方には敵わぬ、と。
「問題は定光(さだみつ)兄上か。どう出るか」
「楽しんでおられますね」
「勿論だとも。まあ、どちらの兄も、私から見れば何だかんだで甘い」
「男子は他にもおります故、多少ならば自由にしても問題になりますまい」
「馬鹿を申せ。もし息子が継いでしまったら、私が面倒事に巻き込まれようが。美女探しに外に出れなくなるではないか」
「叔母上に苦労をかけてどうするのです」
「承知の上で一緒になったぞ。それに、一番は彼女だ」
「なればこのままの状態が、叔父上にとっても宜しい訳ですね」
「ほう。中々やりよる」
「叔父上の教育の賜物ですよ」
「はははっ、愉快愉快」
「定恒(さだつね)には勝てませんがね」
「武で勝っていよう。あれも武術ではほとほと敵わん、と常に言っておるからな」
形は違えど我ら兄弟と同じよ、と年上の男性。三男は理、二男は政、長男は薬、とそれぞれ役目が異なり、それぞれが支えあっている、とも。確かに、彼らの息子たちも、そのような背中を見て育ち、同世代で手を取りあっていた。
満足げな顔をした定正は、立ち上がり、
「忘れるな。和を欠いた欲は破滅する。その際は我が理を以(も)って罰するぞ」
「心得ておりまする」
「ならば良い。良い夜をな」
ぱちん、と扇を閉めると、とっくりと杯を手にし、去っていく。
彼の後ろ姿を、光正は正座をし頭を下げた体勢で見送った。
翌朝。光正は普段通り、夜明け前から特注の木刀を振っていた。通常の木刀よりも大きく、重く作られている品だ。
その背中を、こっそりと覗き見する影があった。それはゆっくりと男に近づいていき、約七尺ぐらいの距離までつめると、一気に飛びだしていく。
「あ、あれっ」
「相手が悪い」
影の主は後頭部を殴られ、その場にうずくまった。後ろを振り返ると、狙ったはずの人間がいる。
「い、いつの間に移動したんだって」
「お前は気配の消し方を知らんのか。猫の方がよっぽど気づかんぞ」
「けものじゃねぇっつーの。あー、いってぇ」
と、後頭部をさする明心。悪びれた様子は全くない。
「うめの謹慎期間は終わったのか」
「謹慎なのかよ、あれ。ふつーに牢屋にぶちこまれたんだけど」
「その程度で済んで良かったな。屋根の上に吊るされるよりましだろう」
「うわあ。あのばあちゃん、鬼じゃん」
「誰が鬼婆じゃ」
ひっ、と反射的に声をだす男児。ちなみに、明心はまだ元服を儀をしていないという。
「おはよう。うめ」
「おはようございます、若様。小僧も早いな。その点は感心するの」
「姉貴が朝弱くてさ。おれがいつも起こしてるし」
「そうなのか。昨日はこの時間帯に起きていたぞ」
「めっずらしい。槍が降ってきそう。そうだ。ばあちゃん、姉貴の部屋どこ」
婆ちゃん、と思わずつぶやく光正。あの乳母にむかって、と、少々恐ろしく感じる。
ため息をついた、うめは、
「すぐそこの角部屋じゃが。どうしたのだ」
「どうって。起こしにいくんだよ」
「おま、女性の部屋に入るなど無礼だろう」
「何で」
「何でって。ああ、そうか」
眉をひそめる明心に対し、一緒に住んでいたのだったな、と投げかける。そうだと返されると、武家では本来、男女別に区画があり、女性の部屋に男が入るのは礼儀に反するという。
「ふーん。でもおれは武士じゃないし、関係ないじゃん」
「大有りだ、馬鹿者。いいか、お前達は男女の仲では無いのだろう。妙な噂が立てば、たけの尊厳が傷つくのだぞ」
「そんげんって。どういうこと」
「小僧。武士と庶民では感覚が違うのは分かるな」
「うん」
うめは細かい中身は後で教えるとして、と前置きし、郷に入っては郷に従え、という言葉を伝える。
「たけと共にいたいのならば家の決まりに従え、という意味じゃな」
「んー。じゃあ何でさ、姉貴はあんたの隣なんだよ」
「見張る為だ。万が一暴れたとしても俺ならすぐに抑えられる」
「あー、なるほどね。納得」
「で。たけは朝に弱いのだったな」
「たいがいはね」
「うめ、頼めるか」
「承知致しました。心得ておきましょう」
「おれやおっちゃんが遊びにくるのはいいだろ」
「うーむ。日が出ている内なら、構わんか」
「周知しておきましょう」
「ああ。気になる事があれば聞かせてくれ。小僧、必要以上に騒ぎ立てるなよ。ひっ捕らえられても文句は言えん」
「ってかもうとっ捕まって、何でもないっす」
うめの視線に恐れをなしたのか、普段の生意気さがなりを潜める。
「確認すっけど。あんたから一本とりゃあ、おれたちは自由になれるんだろ」
「一本では無く首だがな」
「それは姉貴が決めることだし。あんたに興味ねぇもん」
「あくまで武術を用いての話じゃからな。毒を使うなどもっての他」
一瞬、明心の動きがとまる。
うめのほうをむき、
「わぁってますって。それじゃ」
と、腰に手をあてながら、きた道を戻る少年。見送った光正は、
「そなた、一体どういう餌付けをしたのだ」
「餌付けとは人聞きの悪い。単なる教育に過ぎませぬ」
「そ、そうか」
ある意味で唯一逆らってはならぬ存在、と体で覚えてしまっている青年は、明心に対し、少々同情の念を抱く。
「そうそう。最近、きな臭い動きが見受けられましてな」
「きな臭い動き、だと」
「朝餉後、詳しくお伝え致しましょうぞ。定正も動いております故」
「叔父上が、か」
「わたくしめも若様にお伺いしたい事がございます。故にお時間頂戴しまする」
「分かった。後程な」
と、それぞれ部屋に戻る二人。次期当主は、用意されていた湯で汗を拭きとった。
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