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拝啓、3人の葵へ 第1話

あらすじ
 佐藤葵は幼少期からイマジナリーフレンドの 高橋薫と共に過ごしてきた。
 転校をきっかけに薫と離れることになり、そして成長と共に薫の存在は消えていく。
 やがて大人になった葵は、自分を守る為に新たなる人格を構築した。 

 ひとつの身体に4人が同居し、それぞれが尖った方向から葵というひとりの人間を成長させるヒューマンドラマです。

あらすじ166文字

◇ 1

「葵ちゃん、今日はシロツメクサで冠作ろうよ!」
「ええ? 縄跳びがいいな。今度体育の授業で作るじゃない」

 わたしは築40年を超えるボロアパートの前にある小さな児童公園で一時間程シロツメクサを集めていた。この周囲には花畑のようにシロツメクサが咲いているので、勝手に毟ったところで誰かに咎められる事もない。
 冠を作らないで縄跳びを作る為にシロツメクサを3重にしている様子を見て、薫ちゃんはしょんぼりと項垂れた。

「なんで、薫ちゃん悲しそうな顔してるの?」
「だって、葵ちゃんが冠作らないって言うから……」
「ちがうよ、だって冠はすぐ作れるじゃない。縄跳びの方が時間かかるからさ、わたしの縄跳び出来たら薫ちゃんの冠作るよ」

 そう、薫ちゃんは眼鏡であまり視力が良くないらしい。いつもシロツメクサを編む工程になるとできない、と悲しそうに顔をくしゃくしゃにして懇願してくる。頼られることが嬉しかったわたしは、いつも薫ちゃんと一緒にいた。
 今も、薫ちゃんに冠を作るよと言った瞬間、彼女はほんのりと嬉しそうに口角をあげていた。

『ありがとう、葵ちゃん!』 
「うん、あと60本くらいとったら出来るんじゃないかな、ねえ薫ちゃん?」

 わたしが熱心にシロツメクサを集めて、後ろを振り返るとそこに薫ちゃんの姿はなかった。勿論、携帯電話なんて存在しない時代の話だ。もう夕方だし、きっと薫ちゃんは家に帰ったんだな。わたしもよいしょ、と腰を上げると途中まで編んだシロツメクサの縄跳びをびゅん、と一回回した。
 3重だと、多分切れないような気がしていた。でも耐久性はそこまでない。だったら、もう少し長くして……
 あれこれ考えていると西口の方から兄貴が帰ってきた。わたしはシロツメクサの縄跳びを持ったまま兄貴におかえり、と声をかける。

「なんだ、またそんな雑草で遊んでたのかよ」
「雑草じゃないよ、これで縄跳び作るんだよ。今日も薫ちゃんと遊んでたもん」
「薫ちゃん? どこの子だ?」
「え、薫ちゃんは薫ちゃんだよ。眼鏡かけてて、髪の毛短くて、いつもおとなしいから男子にいじめられたり、眼鏡取られたりするから、わたしが守ってるんだよ」

 兄貴が不思議そうな顔をしていたが、周辺のシロツメクサがごっそり引き抜かれている光景をみて、証拠隠滅しないとヤバイと悟ったのだろう。靴で穴になっている場所を埋めて、わたしに先にアパートに戻るように顎で合図した。



「わたしね、転校することになったの」
「……そう」

 涙が止まらなかった。大好きな薫ちゃんと別れるのがつらい。
 わたしが住んでいたアパートは築40年を超える市営住宅。老朽化が酷く、壁からワラジムシが出てくる程の穴が開いており、毎度そこをガムテープで封印する場所が増えた。

 好奇心でそのガムテープを2度はがしたことがあったものの、すぐに浅はかな自分を恥じた。広がる真っ黒のうじゃうじゃした光景に言葉も出なかった。すぐに粘着力の落ちたガムテープで蓋をしたが、何匹か家の中に居座ってしまったので父に酷く怒られたのを覚えている。

 隣の棟はもう3年くらい前から無人になっていた。どうやら解体工事が始まったらしい。わたし達も引っ越しをするか、それとも別の家を借りるか選択を迫られていたが、今の学校を変えたくないという姉の強い希望もあり、結局引っ越しをすることになった。

「葵ちゃん、どこにいくの?」
「えっと……M町ってところ」


「遠いね」
「うん」

 子供の足ではとても簡単に会える距離ではなかった。
 薫ちゃんはそれ以上何も言わなかった。わたしも明日が引っ越しだったし、もう学校には転校届ってやつが出されているから、薫ちゃんに会うのは今日が最後だ。

「薫ちゃん、引っ越ししても、わたしのこと、忘れないでね?」
「勿論だよ。私にとって、葵ちゃんはずっと、ずっと大事な友達だよ」

 涙で薫ちゃんの顔が見えなかった。わたしは鼻水を垂らしてぐずぐずしていたが、薫ちゃんも泣いていた。眼鏡を白く曇らせて、白い肌を赤くさせてトナカイみたいになっていた。
 わたしよりも10センチくらいちっちゃくて、大きな黒縁眼鏡をかけてて、ショートカットが似合うけど、それのせいで男の子みたいに言われて、運動はそんなに得意じゃないけど、頭が良くてわたしに色々教えてくれた大切な友達。

 父のクラウンに乗り、わたしは10年ちょっと過ごしたアパートを跡にする。その手には、薫ちゃんが必死に作ってくれたシロツメクサの冠がしっかり握られていた。




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