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拝啓、3人の葵へ 第4話

◇ 4

 「気分屋」な葵と同居を始めたわたしは事ある事に舌打ちが増えた。勿論、仕事で忙しく機嫌の悪い母の前で舌打ちをした日にはとんでもない怒声が響く。
 酷い時には「てめえ、誰のお陰で飯食ってると思ってるんだ! いやなら出ていけ!」と罵られることも一度や二度ではなかった。

 こういう時に薫ちゃんに会いたくなる。わたしは友達一号と塾に行っている間もいつも薫ちゃんの事を考えていた。どうして彼女はわたしの前から去ってしまったんだろうか。もしかして、わたしが友達一号の話を楽しそうに薫ちゃんにしてしまったせいだろうか。
 塾が終わり、友達一号とは距離が出来た。こいつはいい奴なので、塾に行くときは一緒に行くが、やっぱり書店で立ち読みしたり夜更かしが好きな子だったので、わたしと帰り道は基本別行動が増えた。一人が気楽でいいわたしにとって、彼女の自由な行動は有難いものだった。

 高校に入る前に、友達一号から今も忘れられない大切な言葉を浴びた。ひとの事を絶対に悪く言わない彼女が、わたしを見限らずに今もなお友達として居てくれていることは感謝しかない。

「君さあ、高校に行って今の性格だとヤバイよ」
『余計なお世話だよ』
「そうだよね、うん。君はそういう人だよね」

 わたしは散々彼女にヒドイ事を言ったので、てっきり絶縁されるかと思っていたので声が出なかった。代わりに「気分屋」の葵が即答していた。
 友人も吹っ切れたようににこっと微笑むと「高校行ってもまたたまに遊ぼうね」なんて優しい事を言ってくれた。


 ◇


 高校に入ると全く違う人間達との関わりが始まる。わたしは無意識に薫ちゃんのようなおとなしそうな人を探した。まずギャルのような外見はNG、芸能人やアーティストに恋焦がれている人とも話は合わない。だったら、とりあえず何日か様子をみて、おひとりさまを狙ってみよう。
 一週間人間ウォッチングをした結果、わたしはターゲットを絞った。穏やかそうな印象で、おとなしく一人で弁当を食べている子。この子だったら話が出来るんじゃないか。でも、友達一号に言われた通り、わたしには「気分屋」の葵がいる。第一印象でほぼ決まるのに、あいつが出しゃばったら間違いなく友達のいない寂しい高校生活になりそうだ。

 次の美術の授業は教室移動だった。わたしは忙しく移動を開始するクラスメイトを無視し、のんびりと机の中から教科書を出す彼女に笑みを向けた。

『はじめまして、佐藤葵と言います。よろしくお願いします! 次の授業、一緒に行きませんか?』
「はじめまして、ええよろしくお願いします」

 この日から、「社交的」な葵と同居し始めた。実に二人の人格を抱えることとなる。

 「社交的」な葵は実に楽だった。すいすい勝手に人の話をにこにこ聞いているだけで、まあまあ一緒の空間にいるような気分になる。そして塾が偶然一緒だった子も隣のクラスに居たお陰で隙間時間の交流が増えた。
 常に社交的だけ発動すれば楽なものなのだが、気を抜くと気分屋が不貞腐れて顔を出す。

『何でいつもあいつばっかり目立ってるんだよ、同じ佐藤だからって差別し過ぎじゃね?』
「まあ、〇〇ちゃんは才能あるから仕方がないよ」
『だからって、佐藤さん、って呼ばれて返事すると貴方じゃない方、って失礼だろあのババア』
 気分屋の葵はわたしに不利益があるとすぐに怒ってくれた。導火線はかなり短い。これが多分短気ってやつだろう。手は出さないものの、イライラするとすぐにものに八つ当たりをした。今も気分屋の葵が勝手に美術部の顧問にブチ切れてトイレの壁を勝手に蹴り飛ばしていた。ここに誰も人がいなくてよかった。

「こんな、どこにでもいる苗字じゃなかったら目立たずにひっそりと生きていられたのに……」
『他人を羨んでばかりじゃなくてもっと努力しなさい』
『良い子ちゃんぶるな。努力、努力また努力。結局実ったことあんのかよ。小学校の頃はドラクエの漫画書いてももっとうまい漫画書いてる男に賞かっさらわれて、タイヤ公園の絵で銅賞取ったけど、その後は他のセンコーが別の生徒推し始まったから、結局てめえの努力なんて何も実ってねえだろ』

 確かに小学校の頃からずっと薫ちゃんと漫画家になりたい夢を語り合い、いつも一緒にちびまる子ちゃんと、ケロケロけろっぴの絵をかいていた。白いチョークで、太陽の光に反射してこんがりしたアスファルトをパレットにして、下手くそなカエルを散々並べて笑っていたあの日が懐かしい。

「薫ちゃんに会いたい……」
『いい加減気づけ。カオルなんてやつは元々存在してない。だから誰も』
「うるさい、うるさい!」

 気が付くとわたしの頭の中で勝手に論争が始まる。特に気分屋の葵は声もでかいしやかましい。気を抜くとわたしの身体で勝手に他人と話し始める。ものすごい般若のような顔で。一瞬だけ、わたしをみた人達の顔が明らかに変わるのがわかった。大体気分屋の葵を黙らせる方法は簡単だ。自分の手を抓ったり、ものにぶつかったりして気を紛らわせる。一瞬でも気分屋からリンクが外れるとふっと身体が軽くなるもんだ。
 どうせなら、常に社交的な葵に出てきて欲しい。こいつはいつも気分屋の尻ぬぐい担当だった。



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