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拝啓、3人の葵へ 第5話

◇ 5

 高校生活は「社交的」な葵のお陰で順調だった。2年生になり一番の難所である修学旅行は塾が一緒だった子のグループに入り、何とクラスメイトの中でもちょっと喋れる存在が6人になった。実に人生の中で現在に至るまでこれが過去最高人数の友達だ。
 しかしグループで行動すると「気分屋」が再び暴走を始める。わたしは機嫌が悪い時が増え、おとなしい友人のひとりが歴史の授業の間暇だった、という下らない理由でよくいじめられていた。
 すぐにぷっつん切れる「気分屋」が消しゴムを投げてくる男子に食ってかかった。

『おいこらてめえら、もったいないことしてんじゃねえよ! あと、きたねえケツ見せて廊下歩くなバカ』
「わーい、ブスが怒った。気持ちワリい、何であんなブスが世の中生きてるんだろうな」

 ブス、デブ、気持ち悪い、ダサい、貧乏、臭い、汚いまで言われた。

 「気分屋」が勝手に怒り出すと、一緒のグループにいる子まで飛び火がかかる。おとなしい子は「もういい……もういいから、気にしてないから」と言い事態を収めようとする。わたしはそれも腹が立った。
 この現状を変えなければこいつは3年間ずっと歴史の授業中消しゴムのカスを投げつけられる人生なんだぞ、しかも明らかにバカっぽいやつに。
 どうせ教師はあてにならない。わたしは転校してから小学校後半~中学時代にそれを嫌と言うほど知ったし、気分屋がこう、ちょっとした事に対してオーバーなくらい激高する理由も知っている。

 そもそも、わたしの中にいる「気分屋」と「社交的」な葵はどちらもわたしを守る為に勝手に傍にいてくれるだけの存在だ。
 気分屋は小学校の初めての修学旅行で友達にハブられたわたしを悲劇のヒロインのように仕立てて別のグループにちらっと声をかけてもらえるように移動した。あの時のわたしは同じグループの子に見捨てられたショックで抜け殻になっていた。気分屋がわたしの身体を動かしていなければ、あのヘドロのような緑色に近い池にそのまま飛び込んでいたかもしれない。

『ああ、面倒くせえ』と言いつつ、気分屋は意外と面倒見がいい。気まぐれなのが玉に瑕なのだが、それが気分屋とわたしが勝手に呼んでいるところだ。
 名前くらいつけてやれば可愛かったのかもしれないが、全部わたしの独り言にしか聞こえないので、彼(彼女)達に名前をつけようがない。


 ◇


 修学旅行の後の文化祭でわたしに恋が芽生える。その前にも実は何度かあったのだが、初めてひとを好きになったのはこれが最初だったと思う。
 陸上部の彼はわたしと塾時代からの知り合いである友達と仲が良かった。

 別に彼女は至って普通の子で、むしろ、黒縁眼鏡にショートカット、いつもにこにこしていて穏やかな空気。
 彼女はわたしの大好きな薫ちゃんに似ていた。だからいつも一緒に居て居心地が良かったのかもしれない。そんな薫ちゃんに似ている友達と陸上部の彼が話す内容は毎週木曜日の朝に始まる。

「昨日のビーストウォーズ、観た?」
「見た見た! 今回もアドリブやばいよね」

 はにかんだように笑う彼の笑顔が好きで、わたしはいつも友達と彼の会話をふーんと横目で見ていた。テレビは自宅に1個しかない。一応、ビデオで録画という方法もあるが、そんな高度な機械使いこなせるわけがないから困った。

『へえ、面白いの?』

 突然二人の会話に参加したのは、新たなるわたしの人格「妄想族」の葵だ。わたしは突然自分の口が勝手にすらすら動いたことに驚いたが、二人は特に気にする様子もなく、ビーストウォーズの何が面白いのか説明をしてくれた。
 元々声優が大好きな私にとって、アドリブ天国のポリゴンアニメでほぼギャグでしかない作品は眉唾ものだった。
 何ともシュールな作品なのだが、これは彼と会話ネタを増やす為に見るしかない! そう思い、妄想族の葵は二階に転がっていたテレビを一階まで持ち運び、アンテナで見れるように動かした。お陰でそれから陸上部の彼とはビーストウォーズを通じて日常的会話が出来るまで関係性が発展した。

『告白してみれば?』
「めんどくさい。今の友達関係でいいじゃん」
『面倒くさいって、何も進まないじゃない』
「無理だよ、相手は運動部。こっちは美術部を即リタイアした人間だよ、それに」

  目の前から楽しそうに会話する群れが歩いてきたので、私は閉口した。
 そりゃそうだ。傍から見たら『独り言の多い変な子』にしか見られない。わたしの中に3人の人格が同居しているなんて、誰が信じるだろう。

  楽しそうに推しについて語りながらすれ違うクラスメイトを見送り、わたしは大きなため息をついた。

『葵も、ああなりたい?』
「そりゃあ、理解し合えるひとは誰だって欲しいでしょ、薫ちゃんが居ないのがつらい」

 何であの時、わたしは中学で友達が出来た、なんてどうでもいい情報を薫ちゃんに伝えてしまったのだろう。
 何であの時、薫ちゃんの悲しそうな顔に気づいてあげられなかったのか。
 何であの時、先に薫ちゃんの話を聞かなかったのだろう。

 やっぱり、わたしは人として何かが欠落していた。一番にわたしを心配してくれた薫ちゃんは、すぐにわたしが元気ない、と気づいてくれたのに、わたしはすぐに関係ない話に振ってしまった。
 一度失ってしまった友達はもう戻らない。

『何で、ひとは涙が出るんだろうね』

 社交的の葵がそう呟く。
 その答えはわからない。

 悲しかったのか? 薫ちゃんを失って。

 つらかったのか? せっかく話ができる友達を見つけても、どこか疎外感を感じていることが。

 苦しいのか? わたしの中にいる、本当のわたしを誰も見つけてくれないから。



 下駄箱で自分の靴を探している間も、わたしの左目からは止めどなく涙が溢れていた。




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