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拝啓、3人の葵へ 第13話

◇ 13

 自分の内面と向かい合い、恭さまへのメールを打つ手は完全に震えていた。慣れ親しんだノートパソコンなのに、思うように動かない。
 脂汗が全身に浮かび、文章を打つ度に、ああこれで推し作家との甘い思い出は終わってしまうのか、と涙が滲んだ。

『ああ、面倒くせえ!』

 頭の中で気分屋の葵が騒いだ。なかなか進まないタイプを身代わりに行い、一通のメールを完成させた。
 内容を社交的な葵に確認してもらう時間は無かったので、こんな大事なメールだと言うのに、わたしはそのまま送信を押した。
 押した、というより気分屋の葵が勝手に押したと言った方が話が早い。『送信しました』の文面を見てわたしは、これで全部終わった……とパソコンに頭を乗せて、明日の仕事行きたくないなと丸の無いカレンダーを睨みつけた。



 それからのわたしは仕事に打ち込んだ。と言っても別に何かが変わった訳では無い。

 わたしが浮ついた気持ちで、ただ恭さまと合作が出来るという事実が嬉しかった事だけは伝えた。

 文章力のないわたしに光をくれ、斬新な設定と発想を高く買ってくれた事、それはお世辞であったとしても嬉しかった。そして他と被らないものを求める飽くなき探究心。

 他と被らない物を求める、という事は倍以上の労力を必要とする。
 これだけ簡単に無料で文字が読めるようになった世界だ。どこに行っても似た設定は転がっている。

 では新しい設定で読者を唸らせるにはどうしたらいいか。

 カラクリを散りばめ、伏線の回収、そしていい意味で期待を裏切る。先が見えるファンタジーはつまらない。ワクワク感と疾走感、そして所々恋愛要素も欲しかった。

 2日後、わたしの使っていないフリーメールに返信が来た。アイコンの黒い猫マークを見て彼だとすぐにわかる。そのメールを開くまで15分も悩んだ。ウロウロと部屋の中を歩き、一度酒でも飲んで頭をぼーっとした状態で、彼からの合作はナシ、という結論を受け入れるべきか。

葵へ 

お互いのスキルアップと、2人で何かを作り上げることを目的に合作を始めた。

だから最初は周りの反応なんかどうでも良かった。
事実、前作では小説情報も見てなかったし、そのせいで感想もらってることにも気付かなかった。

けど、途中から葵にばっかり宣伝の負担をかけてると感じて、活動報告も再開したし、葵繋がりの人たちとも交流を持ち始めた。

ただ、困るのが「更新しました」だけの人と「イラスト描きました(もらいました)の人。
それには作品を読んでないと入り込むことができなかった。
(話に参加できない、キャラが全然分からない)

仕方ないのでパラパラと読んでみたりしたけど、はっきり言ってあんまり面白く感じない作品が多かった(あくまでも俺の主観として)。

それに俺は小説を書きにきているので、イラストばっかり投稿する人には興味が沸かない。知らない作品のキャラなら尚更。

2017年のメールより

作品に集中できる環境で、且つ忘却みたいな作品が広く読んでもらえるサイトってどこなんやろ。

○○○は大手っていうだけで選んだんやけど、こんなに年齢層が低いとか、作品が偏向してるとは思わんかった。

はっきり言って自己アピールが過剰でうざい。評価システムにも疑問。
ちゃんと実力で勝負できそうなサイトがあれば、俺はそっちに行きたい。

2017年のメールより

 この時のわたしの返信はとんでもなく心がワタワタしていた。(とても掲示できるものではないので出せない)

 あれほど焦がれていた人との合作に浮き足立ち、一番側で支えたい相棒の心をまるで理解していなかったのだ。

 あれだけわたしを支えてくれていた3人の葵はこういう時にはまるで役立たずだった。

 ここまで心の声を吐露している相棒に、空っぽのわたしでは、何も的を得た言葉を返す事ができなかったのだ。

 彼もふわふわした的を得ない当たり障りのない同じ内容を繰り返すメールに、相当辟易していたと思う。
 それでも、いまだにわたしのスキルを買ってくれ、今もなおオフラインで小説を書いている。

 ただし、この作品を投稿すべき場所ははじまりの地ではない。

 そして、わたしが彼の描いている世界の近くまで辿り着いた時に、合作“本編“への筆を入れようと思っている。

 だからわたしもオフライン執筆という孤独な道へと入った。

 今も掃き溜めとして、わたし達の合作が残っているが、これは苦悩して技、武器、システムを構築したのに、同じ設定があたかも最初からあったように湧き出てきてそっちがバズったという後出しジャンケンには負けたくなかった。というわたしの勝手な想いで載せたもの。

 わたしが行ったこの行為も、孤独に取り組み続けていた相棒の心を傷つけていたのだ。
 割愛した部分に刻まれた彼の心の言葉に、わたしはまた泣いた。

 このメールの間に、記載された彼のわたしに対する想いが溢れていて涙が止まらなかった。

 わたしも、恭さま以外に失うものは何も無い。

 お互い同じ目線でものを書けるようになったら、それはそれは、すごいものが出来ると信じている。
 もう、これからは馴れ合いの行動はしない、忖度はしない、つまらないものに時間は割かない。

 再び湧き上がった決意と共に、わたしは合作のアプリに新たなる設定を打ち込み始めた。

 やはり合作は楽しい。自力では辿り着けない世界が見える。ただし、彼の一番の理解者でなければいけない。今のままだとそれが足りなかった。

 ただのファン。
 そこからまだ、一歩も進んでないのだ。



 そして、わたしが3人の葵を拒絶した日から、彼(彼女)達はわたしの前から姿を消した。



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